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第1話 葬られた存在

 まだ性についてなんの知識もなかった僕にも、その映像がどれほど卑猥で下劣なものだったのかは直感的にわかった。 ーーー  その日僕は、ひどく浮かれていた。 自分がはじめて二桁の人生に足を踏み入れた翌日。取り巻きの大人たちから耳障りのよい賞賛を存分に浴びて、いささか調子に乗っていたのだと思う。  普段なら使用人の言いつけを守ってはしおらしく過ごしていたけれど、”もう子どもじゃないから”を免罪符に、勝手気ままに振る舞うことに快感を覚えていた。  だから、それまでは絶対に入るなと言われていた父親の書斎に入ったのも、言いつけを破るという背徳感を味わいたいためだった。  もちろん心の奥底では恐怖心もある。 優しい父親に嫌われたくはなかったし、小心者の自分には、堂々と禁を破る勇気もなかった。 父親の書斎は地下の、階段から一番遠い部屋にある。  使用人が見ていない隙を見計らって、くすねておいた合鍵を使ってひっそりと扉を開けた。防音となっているため扉は重く、自分の全体重をかけて押さないとうまく動いてはくれない。  ようやく室内に入れた時には、思わず口元がほころんだ。  未知の世界に、胸が高鳴る。  思った通り書斎とは名ばかりで、薄暗い室内には居心地の良さそうな革張りの椅子に、複数台のPCやモニターが設置されたデスクがあるのみだった。  ドアの開閉がセンサーになっているのか、それまではPCのスクリーンセーバーが唯一の明かりだったのが、天井に吊るされたシャンデリアがぼんやりとオレンジを灯す。 なんだ、父さんめ。 書斎では本を読んで勉強しているって言っていたのに、本なんか一冊もないじゃないか。  あとで母さんに言いつけてやろう、そう思い、好奇心いっぱいの瞳で室内を見渡す。  それにしても、父さんは毎日この部屋で何をしているんだろう。  左右の壁際にはキャビネットが置かれていたが、これらは鍵付きで中を覗けなかった。 厳重だなあ・・・。  勇気を出して忍び込んだはいいものの、探索できる場所はほとんどない。もっとワクワクするようなものがいっぱいあるのだと思っていたのに。  仕方なく、革張りの椅子によじ登って、デスクに置かれたPCを弄ってみる。適当にキーを叩くとスクリーンセーバが消え、すぐに画面が切り替わった。  どうやら、ログインするためのパスワードを要求されているらしい。空欄のボックスにカーソルがチカチカと点滅していた。そりゃあ、鍵がついているとは思っていたけどさ。 僕にわかるわけないじゃん・・・。 全てにロックがかかっていて、今の所、大冒険の収穫らしきものは何もない。  不貞腐れた気持ちで、ボックスの横の矢印をクリックしてみる。この時はこの矢印の意味がよくわかっていなかったのだが。 『ヒント:君は誰?』 予想外のことに、一瞬ポカンとした。 え?何これ。 ヒントって・・・これってヒントなの・・・?これが? 誰って言われても、誰のことだろう。父さんかな、やっぱり。それとも母さん? まさか僕・・・なわけないよね。 たぶん違うだろう、そう思っていたので、ボックスに”yuki”と入力してみて心底驚いた。 『お待ちください』と別の画面に切り替わったのだ。 え?うそ、入れちゃった。 なんで、という気持ちと、これで探検が続けられるという興奮で心臓がばくばくしていた。 パスワードって僕のことだったんだ。でもなんで僕の名前にしたんだろう?息子だから? とっても簡単すぎるじゃないか。パスワードの意味なんてなさそうなのに。 父さんの考えることはよくわからないな。  スリープモードだったので、デスクトップが現れるまでにそれほど時間はかからなかった。  現れたのは初期設定の壁紙に、必要最低限のアイコン。 一目見た瞬間から、面白いものなんてないに違いないと肩を落とす。やっぱり大したことなかったな。父さんがこの部屋には近づくなって言ってたから、もっと何かあると思っていたのに。 とっとと閉じて部屋を出て行こう、そう思った時だった。 あれ・・・?  何か開きかけのものがある。タスクバーには、デフォルトでは見かけないタブが折り畳まれていた。 気になってクリックしてみると。 両脇にあるモニターまでが突如起動したかと思うと、小さな正方形の画面がモニターいっぱいに表示された。 一つ一つが小さかったが、目を凝らしてそれらが何かわかった時、ひっと悲鳴がでかかった。 「これ、カメラ・・・?」 一つ一つの画面には、上部に日付と時間が刻々と刻まれており、下部には記号のようなアルファベットの羅列が小さく表示されている。 どこかの部屋だろうか。どの画面も見覚えのない場所ばかりだった。 かなり高い位置から見下ろすように映像が映し出されているので、監視カメラの映像なのだろうということには気づいた。 流すように一つ一つ見てみるけれど、人が映っているものは一つもない。 そう思っていたが。 左隅にある画面が揺れた。クリックしてみると、拡大表示される。 映像には、スーツ姿の男たちと、中央に白いワンピースのような服を着た髪の長い人物が映っている。 男たちは、白い服の人を囲うようにして立っていた。 ・・・なんだろう、この映像? 音声もなく画質も良くない、無機質な映像。 せめて音声でもあれば、不穏な気配に気づき、すぐに立ち去れたかもしれないが。 この時は、まだ何が行われているのかわかっていなかった。 白いワンピースだと思ったそれは、大きめの白いワイシャツだった。 華奢だけれども、女性のような丸みはなく、どこか骨張っている。 この人、髪が長いけれど男の人だ。 画質が悪く、表情はわからないが、談笑している風でもない。 ワイシャツの青年の後ろには二人、スーツを着た男がピッタリ張り付いている。 スーツ姿の男たちは一様にがっしりとした体つきをしており、腹こそ出ているものの、何か武道でも嗜んでいるように見えた。 すると、ワイシャツの青年の顔がわずかに動く。 思わずどきりとした。 真っ直ぐにこのカメラを捉えているように見えたからだ。 目があったかと思った・・・そんなはずないのに。 しかし、すぐにスーツの男たちが青年の頭を鷲掴みにし、顔を引き戻す。 青年の正面に対峙した、一番恰幅の良い男が椅子から立ち上がる。 そのまま青年のすぐ前まで歩み寄った。 青年は、後ろの男たちに膝を折られ、四つん這いの格好をさせられていた。 下には何も履いていなかったのか、太ももと尻の境目までが大きく露出している。 カメラの角度から、男の表情や手元ははっきり見えないが、片手がワイシャツの青年の髪を掴み、頭を前後に揺すっているところが一瞬だけ映った。 それがなんの光景だったのか、この時ははっきりとはわからなかった。 けれど、普通じゃないことだけは、なんとなくわかった。 今までの人生で、と言っても、たった10年しか生きてはいないけれど、こんな行為は全く見たことがなかったから。 スーツの男の動きが激しくなるにつれ、かすかに感じていた胸騒ぎが呼応するように悪化していく。 なんだよこれ・・・ 恐ろしくなって、何度も画面を閉じようとした。 けれども、目がそらせない自分もいた。 スーツの男の体がびくりと強ばり、背をわずかに反らせながら青年の後頭部を抱え込んで股間に擦り付けた。 「うえっ・・・!」 悪寒とともに吐き気が込み上げた。一気に鳥肌が全身を覆う。 口元を押さえ、おぞましい気分の波が落ち着くのを待つ。 その間も、視界には映像が映り続けた。 青年は四つん這いのまま転ばないように踏ん張っている。 スーツの男は肩で息をしながら、今度は青年の頭を固定したまま自身の腰を前後に激しく動かしている。 そこではっきりと映った。 スーツの男が自身のモノを、青年の口内に出し入れしている映像が。 青年が体を支えきれず、そのまま後ろ向けに体勢を崩した。 スーツの男は構うことなく、今度は自身が膝立ちになる。 スーツの男のそれは太く長く、青年は裂けそうなほど口を大きく広げていて苦しそうだった。 青年の口内の更に奥に、彼の太いそれが何度も何度も押し込まれ、その度に青年は苦しげに身をよじらせた。 スーツの男は、ワイシャツの青年の顔面に座り込んだかと思うと、しきりに体をビクつかせながらじっとしている。そして、動きが止んた。 スーツの男はゆっくりと立ち上がり、自身のそれを、青年の口内から引き戻す。 青年はえずいており、口元から粘性の液体が溢れた。 一部始終を見ている僕は、震えが止まらなかった。 足がガクガクしていうことを利かない。まともに歩ける気がしなかった。 男は再び椅子に座ると、タバコをふかし始めた。 今度は、二人のそばで行為をじっと見ていた別の男たちが、床に寝転がる青年の脇にしゃがみ込む。 この二人は、先ほどの男より見た目が若かった。 二人は、スーツの男をちらりと振り返る。 スーツの男は頷き、ジェスチャーをするように二人組に指示を与える。 この時、ワイシャツ姿の青年は再びカメラに視線を向けた。 そのままじっと視線を逸らさない。 カメラに気づいているの・・・? ぼやけて表情ははっきりと読み取れないけど、こちら側に助けを求めているように見えた。 大人たちに、こんな酷いことはもうやめてと止めに行きたい。 ぐったりと横たわる青年に、もう大丈夫だよと駆け寄って慰めたい。 これはどこで行われていの・・・? 教えてよ、助けに行くから・・・! そんな願いも虚しく、しゃがみこんだ二人組が動く。 片方が、何か細長い布状のようなもので横たわる青年の両腕を縛り上げた。 そのまま、同じ布をジャケットの内から取り出して、青年の膝を折った状態で両足をそれぞれ固定する。 青年は大人しくされるがままになっていたが、縛られた両手を祈るようにぎゅっと握りこみ、かすかに震えている。 今度は何をしようとしているの・・・? もう一人の男が、一瞬画面からフレームアウトし、何かを持ってきた。 手には紙袋が、中からペットボトルくらいの大きさの容器を取り出す。 蓋をあけ、中身を片手に取り出した。 透明な、水よりも粘性のある液体。 容器を床に置き、液体を両手に広げると、目の前に横たわる青年の下半身に手を伸ばす。 青年は体を強張らせるが、先ほど青年を縛り上げた男がすかさず両膝を押さえつけ、青年が足を閉じられないように体重を乗せていた。 先ほどとうってかわって、青年はひどく抵抗している。 体を左右に激しく振っては、何かを必死で叫んでいた。 しかし、どれだけ激しく抵抗しても、体格差は歴然である。 青年を押さえつけてい男は、暴れられていても微動だにもしていなかった。 青年の股間はもう一人の男の手によって、次第に液体にまみれていく。 男は青年のそのものを握りこんで、ゆっくりと上下に動かした。 もう片方の手で青年の玉を撫でている。 撫でていた手がすっと下に降り、指がくぼみに沈んでいく。 そのまま指をくねらせ、出し入れを繰り返す。 青年は激しく体を震わせた。 どれくらい時間が経っただろか。 荒い息の青年を尻目に、二人の男たちは、椅子に座って見物をしているスーツの男に合図を送った。 男は一つ頷くと、再び立ち上がり、青年に近づいていく。 青年は男に気づき、何かを訴えかけていた。 カメラからは音声は流れないので、何を話しているかはわからない。 スーツの男は口元をほころばせ、何かを答えている。 青年はまた何か早口で男に言葉を返した。 青年は股を大きく広げさせられていて、スーツの男は、青年に迎え入れられるようにその場にしゃがみ込む。 青年は再び言葉を発した。 しかし男は気にせず、自身のモノを青年の尻にあてがう。 そして。 青年の絶叫が聞こえた気がした。 スーツの男は下半身をゆっくりと押し込むと、瞳に恍惚を湛えながらぴったりと覆い被さり、全身で青年を揺すっていく。 両手を封じられた青年は、しきりに何かを叫びながら、男に抱きすくめられ上下に揺さぶられている。 気づくと、僕はうめきながら涙を流していた。 唇が戦慄いて、うまく声が発せない。 すると再び青年はこちらを見た。 青年はもう抵抗はしていなかった。 重なりあう二つの体は絶えず律動を繰り返していた。時折、上に乗っかる男が体を震わせては動きを止め、再び動き出す、ということを繰り返していた。 青年は途中からじっとこちらを見ていた。 表情はわからない。 わからないけれど。 まるで、一部始終を覗き見している僕をじっと責めているように感じられた。

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