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冬SS (2/3)

「雪の匂いがどんなんだったか、思い出そうとしてたんだ」  降り続ける雪を眺めながら白い息を吐く姿がひどく儚げに見えて、エルベルトは無意識に腕に力を込めた。  別荘から帰ってきて以来、ルカは懸命に匂いの記憶を辿ろうとしていた。少しでもその助けになろうと、エルベルトもしばらく考える。 「雪の匂いとは実のところ、匂いのなさだ。気温が下がり、他の匂いが認識しづらくなる結果だと、どこかで読んだことがある」 「匂いがないのが、匂いなのか?」  ルカは不思議そうに首を傾げた。 「そうなるな。だから、透き通ったような、胸にすっと落ちてくるような匂いだと私はいつも思う」 「胸に……あ、そういえば……」  ルカはふと喉元をさすり、遠い感覚を手繰り寄せるかのように眉をひそめた。 「覚えてるか?」 「なんとなく……こう、冷たいかたまりみたいな……」 「そうだ」  冷たく、少し重みのあるような湿った匂い。独特で形容しがたい、冬そのものの匂いだ。  ルカは何度か大きく息を吸う。だが、いずれ小さく首を振った。 「掴めそうで、掴めない」  切なげな響きに胸を痛めながらも、エルベルトは信じ続けた。いつか、必ず。 「焦る必要はない」 「ああ……それにしても、あんたは本当、なんでも知ってるんだな」  ルカは少し羨ましそうな、それでいた誇らしげな眼差しを向けてきた。  なんでも、ではないし、博識であることが全てではない。  そう言おうとしたのに、口をついたのは別の言葉だった。 「その呼び方、なんとかならないか」 「呼び方?」  ルカは驚いたように瞬いた。 「弟のことはもっと親しく呼んでただろう」  あんた、ではなく、お前、と。  すると茫然とこちらを見上げていたルカが急に変な声を出した。それが押し殺した笑い声だと気付いて面食らう。微笑むことは増えたとはいえ、声を出して笑うことは未だに一度もなかったからだ。  ルカは肩を弾ませ、顔をエルベルトの胸元に押し当てて隠そうとしている。

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