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Ⅳ 俺はあなたを呼び捨てない①
雌雄の区別のある生物は、二つの性別を有している。
外性器で区別する性別を第一性と呼んでいる。
これに対して、生殖能力で区別する性別を第二性と呼んでいる。
第一性は、前述に記した雄と雌の二つである。
第二性には、α・β・Ωの三つが存在する。
α性は放精能力を持ち、受精能力のある雌雄を孕ませる事ができる。
β性は、外性器通り、雄ならば放精、雌ならば受精能力を持つ。
Ω性は、外性器に関わらず体内に子宮を有し受精能力を持っている。
俺は、第一性が雄。
第二性がΩだ。
雄の外性器を持っているが、精子に受精させる能力はない。
直腸の奥に子宮を持っているから、受精能力がある。
俺は妊娠する。
(でも)
俺は……
「産みたくないです」
「Ωに選択権はない。どこへ行ったとしても。例え国外でも同じだ。G20 でSSMP規約が国際法化され、ほかの新興国もこれに追随している。世界が法治国家で成り立っている以上、逃げ場はない。Ωが子を産むのは義務だ」
「それでも」
俺は……
「産みません」
責めるでもなく、諭すでもなく。凪の目が俺に視線を落としている。
なぜ、あなたは……
(悲しそうな目をするんだろう)
「提案の企画が成功すれば、名誉αになれるかもしれません」
「無理だ」
「今回だけじゃ無理かも知れませんが、積み重ねていけば」
「名誉αになりたい人間は君だけじゃない。山ほどいる。ましてや君はΩだ。名誉αになれば、Ωの君がβの上に立つ事になる。βの連中が許す筈ない。必ず妨害するぞ」
功績のある者は国家の承認を受けて、名誉αの称号を得る事ができる。
最下層のΩが唯一、いびつなカーストのピラミッドから抜け出せる方法だ。
「Ωの不満を逸らす名ばかりの政策に過ぎない。αだって同じだ。Ωの君がαを名乗る事を良しとはしない」
凪の正体はこれだったんだ。
「αはΩの味方はしない」
憐憫
同情
解決策も、解決の糸口すらない現実だから。
「生殖義務を怠ったΩの末路は悲惨だぞ」
「分かってます」
「なにも分かってない」
冷たい眼差しが鼓動を裂く。
「君の歳は」
「29です」
「あと一年もないな」
30歳になって『番』……パートナーのいないΩは政府よりお見合いが義務の名のもと強制される。
遺伝子の相性と性欲を測る。……とは名ばかりの。
「何人もの雄に、毎日輪姦 されて弄ばれるぞ」
そうして妊娠した雄の『番』になる。
「Ωに人権はない」
この国。
否、この世界で。
「Ωはαの所有物だ」
変わっていない。
どれだけ文明が進歩し、科学技術が人類の生活を豊かにしようとも。
「この世界は、αが支配している」
ほかの二性よりも生殖能力に優れ、身体能力、IQ、思考力でも圧倒的に凌駕するαが世界の頂点に君臨している限り。
「世界の構造は、なにも変わらない」
世界は百年前と同じで。
「百年先も今のままだ」
「それでも」
「自由でいたければ俺と番になれ。最低限の自由は保障する。仕事も好きなら続ければいい。俺がαだからといって媚びへつらわなくてもいい」
αが支配者のピラミッドの世界で、Ωは最下層で生きている。
生きるよりほかない。
「Ωは家畜だ」
「真川さんも、そう思ってるんですか」
「君が首を縦に振らなければ、家畜にしてでも君を手に入れる」
どうして、俺は聞いてしまったのだろう。
なぜ……
思いとどまらなかったんだろう。
真川さんは、ほかのαとは違う。
そう勝手に思い込んでいた。
けれど。
(この人も、やっぱりαだ)
俺を繁殖のための所有物にしか見ないαだ。自分の所有物だから、少しだけ大切にする。
それだけなんだ。
「すみません。仕事が残っているので」
逃げるように、この場を去ろうとする俺を、この人にまた憐れだと思われるのだろうか。
それだっていい。
たぶん、もう会う事はない。
局内で会ったとしても、他人の関係を決め込めばいい。
(……って、今も他人じゃないか)
何があったという訳でもない。
なぜ……
温もりが苦しい。
あなたの腕。
俺の腕を掴むあなたの存在が苦しいよ……
「待て。話は終わっていない」
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