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第二章 喪失の檻

「付き合うことになった。」  昼休みに問答無用で嘉月のいる休憩室に押し入った。嘉月は飲みかけのコーヒーを溢しそうになりながらテーブルの上に置く。 「え!それって番にも近々なるってこと?」 「.....いや、その目処はたってない。」 嘉月は見る見る険しい顔になっていき終いには俺をきっと睨みつけた。 「期限のこと、忘れてないよね?」 嘉月にしては珍しく低い声で訪ねられた。 「ああ。でも、透くんが番に対してあまりいい印象を持っていないんだ。」 「どういうこと?」 「両親共に番のアルファに捨てられたらしい。それが透くんへの虐待にも繋がっているそうだ。」  嘉月の表情はあまり変わらなかったが、俯いて何かを考えているようだった。 「俺の所で診察が始まるのは一週間後だよね?」 「ああ、まずは身体の快復を優先させる。」 「.....あのさ、あんまり焦るなよ。期限って言っちゃたけど、俺たちの何気ない言葉で彼を傷つけたり焦らせたりするかもしれない。俺も気をつけるから。今第一なのは彼を親元に帰らせないようにすること。」 「けど、それに一番有効なのは番契約だろう?」 「うん。だけど番に対してマイナスイメージしかない透くんが、恋人になることを許した男に番契約まで 迫られたら焦ってどこかに逃げてしまうかもしれない。」 無意識だろうか。頸を守るように手を当てる嘉月。ああ、でも、嘉月も......  俺は頸を守る嘉月の手に、自分の手を重ねてそっと下ろさせた。嘉月がハッとして俺を見る。 「分かった。恋人として彼を守ってみせる。」 「うん。」 ーーー  身を隠すためにここにいるようなものだから、彼の部屋には見舞客などもちろん来ない。ガラガラと扉を開ければ、ベッドの上でぼんやりと窓の外を眺める透くんがいた。もうその先に映る桜は散っているだろう。今日は本でも買って差し入れるか、なんて思った。 「調子はどうだ?」 俺が声を掛ければ、ぱっと笑顔を咲かせる。それがとても可愛いくて、美しくて。どんな花よりも沢山の色合いを持っていた。 「うん、だいぶん良いよ!」 俺はベッド脇にある折りたたみ椅子に座って、透くんと手を繋ぐ。そしたら、面白いくらい顔を真っ赤にさせていた。 「ねえ、先生。お願いがあるの。」 随分と控えめに透くんが言った。 「なんだ?」 高校生には酷く退屈な生活だろうし、叶えられることならばなるべく叶えてやりたい。 「電話、したい。」 「誰に?」 「......母さんに。」 電話がしたいと言われた時から予想はついていたが、それでももどかしい気持ちにはなった。 「どうして?」 おまえを傷つける人なのに、と続けてしまいそうになるのをぐっと堪える。 「家を出る前に、母さんずっと僕の怪我のこと心配してて泣いてたから。だから、大丈夫だよって伝えたい。」  両親を憎んでいないとは言っていたけれど、ここまで健気に母親を想う姿に胸が苦しくなる。そして、俺はおまえを傷つけることなんか絶対にしないで愛し抜けるのに、なんでおまえは自分を傷つける母親を選ぶのか、という黒い想いが心の内に広がっていく。 「ご、ごめん、なさい。」 黙ってしまった俺に不安になったのか、透くんが謝り始めた。 「僕、母さんが僕のせいで死んじゃうのは嫌なんだ。先生の傍にずっといたい僕と、母さんを捨てたくない僕がいて.....もう、僕、分かんないよ.....」 透くんは泣き始めてしまった。とりあえず背中をぽんぽんと優しく撫でてやる。透くんからはとてもいい香りがして、彼の体温は心地よい。あまりの愛らしさに唇を重ねる。 「大丈夫。愛してるよ。」  少しだけ唇を離して言う。何の解決にもならないけれど、これだけは伝えておきたかった。 「うん。僕も。先生、まだぎゅうってしてて。」 可愛らしいお願いに応える。傷に障らないように抱きしめて、またキスを落とす。このまま抱いてしまいたい気持ちになったが、相手は怪我人だ。鋼の精神で堪えて、そっと離れる。透くんは少しむっとした顔をして「僕、このまま抱かれてもいい、って思ったのに.....」と恥ずかしそうに言った。それが少しおかしくて思わず笑ってしまう。 「笑わないでよー!」 背中を結構強めに叩かれる。 「ごめんな。まあ、退院してからのお楽しみだな。」 「.....うん」 頷いて嬉しそうに俯いたままの姿が、俺の理性を破壊寸前にまで追い遣るくらい可愛らしかった。  暫く自分の仕事など放っておいて、透くんにくっついていた。  彼がどんな人を選んでも、自分は彼だけを待っていたい。

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