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青木さんと嘉月さん 3

「嘉月、おまえ休んだ方がいいぞ。」 「....は?」  あまり食欲は無いが、少し休憩でも入れようかと腰を上げた頃に、俺の診療室へ一色がやって来た。突然の来訪と予想外の第一声に間抜けな声が出た。 「顔色が悪すぎる。」 「問題ないよ。それより外科のおまえが何故ここにいる。」 正直、身体はあの地獄のような発情期(ヒート)明けのせいで、かなり参っていた。しかし、それを悟られないように、今日だって、これまでだって仕事をしてきたつもりだ。少し悔しくて、折角心配してくれる同僚に冷たく言い放ってしまう。そんな俺の態度に、一色は顔を顰めた。 「透から、連絡が入ったんだ。上司であるおまえの体調が優れないようだから来てくれって。透に心配されても、おまえは誤魔化したそうじゃないか?」 確かに、透くんには何かと休むように言われていた。まさか、彼のパートナーである一色に連絡が行くとは思ってもみなかったが。 「.....俺は大丈夫だよ。カップル揃って心配性なんだから......」 「心配性なんかじゃありませんよ!」  小さく呟けば、背後からよく通る声が聞こえた。 「そうだよな、透。こいつは明らかに体調不良だ。」 一色がすかさず援護に入る。流石、番というのか。こういう時、二人の勢いには勝てない。 「嘉月先生、変なこと聞いちゃうんですけど、発情期(ヒート)の間は番の方と一緒にいられなかったりするんですか?相手の方、出張とか....?」  少しだけ声のトーンを落とした透くんに訊ねられた。 「な、んで、そんなこと.....?」 「明らかに、番のいるオメガの発情期(ヒート)明けには見えないからだ。」 透くんと、続いた一色の言葉にひやりとしたものが背筋を走った。 「そんなの、今回だけだろう?それに誰もが君たちみたいな番だとは限らない。」 硬い事務椅子の背に身をもたれさせ、首を振る。すると、一色が目の前で跪き、俺の左手首を軽く抑えた。 「いいや、三ヶ月前も、その前も。俺たちが気が付かないとでも思ったか?.......顔面蒼白、頻脈気味で指先も冷えているな。加えて手足の震え、目眩や立ちくらみも感じているんじゃないか?おまえ、明らかにショック状態に陥っているよ。」  言外に一色が何を言いたいのか、分かってしまった。そんなことは俺が一番理解している。どれだけこの部屋で、傷ついたオメガの患者を診てきたと思っているんだ。なんて事は言えるはずもなく、だんまりを決め込むしかなかった。 「嘉月先生、少し横になりませんか?」 透くんがそっと傍に来てくれた。その気遣いさえ、拒絶してしまう。 「あの、僕、嘉月先生のパートナーに迎えに来てもらえないか連絡入れますね。隆文さん......」 「やめろ!!!!」 一色の方を振り返った透くんの腕を強く握り締めて、怒鳴ってしまった。俺の目の前で、少しだけ震えて驚いたように目を見開いた透くんを見て、しまったと思った。この子だって、かつては俺の患者だった。こんな風に怒鳴られるのが苦手なことも知っていたのに。 「あ、の....大きな声を出して、ごめん。.....でも、番は、呼ばないで......」  慌てて謝った拍子に、椅子から滑り落ちてしまった俺の背中を、透くんはゆっくりと摩ってくれた。それが、自分がずっと求めていた温もりのような気がしたら、涙が溢れて止まらなくなった。 「先生.....僕もごめんなさい。先生が嫌だと思うことはしません、絶対に。だから、今日は休みましょう?嘉月先生が倒れてしまいそうで、すごく心配です。」 透くんの肩に顔を埋めて、駄々をこねる子どもみたいに首を横に振る。 「ごめんね。やすむ、から、よばないで.....」 「呼びません。大丈夫ですよ。」 「透、俺が嘉月をベッドまで運ぶから、オメガ科の別の医師に嘉月の代理を頼めないか取り次いで来てくれないか?別の医局の俺が行くよりも話が通りやすいだろうし。」 「うん、わかった。」 透くんが診療室から飛び出して行くのを目で見送った一色が、未だに床にへたり込んだままの俺を抱き上げた。 「一色、ごめん。透くんに、わるいこと、した....」 「気にするな。透だって大丈夫だって言ってたんだから。」 「でも、うで、あとになってたり、したら....」 「心配なら、俺が後で確認しておく。」 「うん....」 頭上でフッと一色が笑う気配がした。途端に視界がぐにゃりと歪んで、俺は意識を手放したのだった。

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