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 もはや打ち合わせを続ける雰囲気ではなく、係の皆が坂本を見ていた。坂本がふらふらと芳賀の脇に立つ。 「どうしたの」  芳賀はつとめて冷静に訊ねた。 「僕、納期を間違えて……」  目を真っ赤にしている坂本の背中を芳賀は軽く叩いた。 「落ち着いて、最初から話すんだ」 「はい……」  促されてペットボトルの緑茶を一口飲み、坂本は話し始めた。 「ハル食品様に……昨日50ケース納品する予定だったのですが、僕が納期を1ヶ月間違えていて……来月のつもりでいたからまだ手配もしていないんです……」 「よくわかったよ」  久しぶりの大きなトラブルだと思った。正直なところ、芳賀も心拍数が上がっていたが、上司として動揺の色を見せてはいけない。 「しかし納期を1ヶ月間違えていたとしても、まだ手配をしていないのは遅いね。30営業日前までに製造ラインに知らせなくちゃいけないだろ」 「はい……」 「次からは気をつけて。さあ、課長に相談に行こう」  芳賀は汗をだらだら流している坂本を伴い、オフィスの奥に向かった。  窓際の応接ソファの傍に課長席はあった。机の上にはパソコンと缶コーヒー、ボールペンとマーカーペンのほかは何もなく、綺麗に片付いている。彼らの上司が大口の契約らしい提案書に目を通しているところに、芳賀は思い切って声を掛けた。 「課長、良い話ではありませんが緊急のご相談が」  まだ若い課長は端整な顔をふたりに向けた。 「話してみなさい」  坂本がつっかえながら説明し、足りない部分──かなりわかりにくかった──は芳賀が付け加えた。課長はすこし驚いた顔をしたものの、怒りをあらわにするでもなく静かに聴いていた。 「概要はわかった。それで、係としてはどう対応するつもりなのかな。芳賀係長から話してくれないか」 「はい……」  芳賀は深く息を吸った。この上司との付き合いは長いが、状況が状況なだけにやはり緊張する。 「今回納品するものは我が社の主力商品ですので、工場には多少の在庫があるはずです。これを至急送ってもらいます。それから支社に連絡して、余剰を集めます。50ケースくらいでしたら、これでなんとか集められると考えています」 「いつまでにやるつもりかな。お客様を待たせることはできないよ」  まっすぐ見つめられて、芳賀は息を吸い込んだ。 「今日中になんとかハル食品様に納品したいと思います。工場には事情を説明してトラックを出してもらいます。それから周辺の支社と営業所……これは係で手伝える者に車で取りに行ってもらいます。営業車を何台か借りることになりますが。私はワゴン車の運転も慣れてますので、たくさん提供して貰えるところに行きます」  課長は頷いた。 「君たちがそこまでやるつもりなら、私も協力するよ。工場と支社には私から電話をしてあげる。出掛ける準備をして待っててくれ」 「ありがとうございます!」  部屋中に響く声で坂本が頭を45度近くまで下げた。芳賀も頭を下げて言った。 「よろしくお願いします。課長」

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