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第2話『早過ぎる再開』

 日も暮れ、寮の自室に帰ってきた秀和は買ってきた本をマジマジと見つめていた。うーん、それにしてもなんで半裸なんだ?半裸にしなきゃいけない呪いにでもかかってるのか?裏表紙に目を移すとあらすじが載っていたので読んでみることにした。 「えーっと、何々?水泳部?あー、だから半裸なのか。ふむふむ、幼なじみねぇ。......水着の表紙じゃなくてホントによかった、うん。」  表紙が半裸であることに納得した秀和は、少しこの本に興味が出てきた。面白いって言ってたしな。 「そういや、名前聞くの忘れてたな。」 まあ、次会った時に聞けばいっか。  秀和はよく考えないまま漫画のビニールを剥がし、ゴクリと唾を飲んだ。ゆっくりと深呼吸し、よしっ、と一声出した秀和は漫画の表紙をそっと開いた。  衝撃的だった。正直、どうせ共感出来ず途中で飽きるだろうと思っていたが、思った以上に楽しめた。  主人公は男である自分が男を好きになってしまったという戸惑いと、想いを伝えたら今までの関係が崩れてしまうのでは無いかという不安と、もしかしたら受け止めてくれるかもしれないという期待が入り混じって、ずっと相手のことでいっぱいになって何も出来なくなっていた。  秀和は、自分が男を好きになるなんてことはないだろうけど、なったとしたらどうするだろう?言うのか?言えるのか?などと考えながら読み進める。  『自分は男だから、嫉妬する権利はない』だとか、『どうせ叶わぬ恋だから、せめて側にいたいのに、側にいると辛くて仕方がない』だとか、ついついネガティブ思考になってしまう主人公を、秀和はいつのまにか応援していた。相手の無神経な言動に苛立ったのには自分でも驚いた。  主人公の恋が実るように協力してくれていた女友達が、主人公のことが好きだったことが最後に描かれていたので、女友達に注目してもう一回読んでみると、主人公が男に恋をしているのに気付いたのは主人公のことが好きで目で追ってたからなのか!とか、ここの目線ちゃんと主人公のこと見てる!とか、そういえばここなんでちょっと悲しそうなのかわかんなかったんだよそういうことか!とか色々発見があってとても面白かった。  今まで食わず嫌いみたいなことしてたけど、結構有意義な時間を過ごすことが出来た。原田さん、俺もBL好きになれるかもです。  秀和が余韻に浸りながら表紙を眺めていると、勢いよく隆則(たかのり)が部屋に入ってきた。 「ヒデちゃん飯行こ!」 「おわぁ!?」 秀和は急いで漫画を背中に回す。すっかり飯の時間になっていたことに気づかなかった。これは彼がたまたまタイミング悪く訪ねてきたという訳ではなく、秀和が漫画に夢中になりすぎただけだ。なぜなら秀和と隆則はいつも一緒に寮食堂へと向かっているのだ。  隆則は首を傾げ不思議そうに秀和を見つめるが、少しして何かに納得したようで、ニヤリと笑った。 「ごめんごめん、邪魔したわ。それではごゆっくり~!5分後にまた来るよ。」 そう言ってドアをゆっくり閉める隆則を秀和は必死に止める。 「まてまて!誤解だ!お前が想像してるのとは違う!」 ドアを再び開いた隆則は、一歩一歩を強調しながらゆっくりと秀和に近づいていく。 「ほほーん?じゃあさっき後ろに隠したものを見せてくれるかなぁ?」 「そ、それは......っ!」 じりじりと隆則が迫ってくる。秀和は下手なエロ本より見せにくいものを手に持ってしまっている。引き留めるんじゃなかった...... 「わ、わかった!認めるから!こっちに寄るな!5分後!5分後にまた来てくれ!」 隆則は嘲るように笑った。 「そんなに必死なるなよ~。10分の方がいいか?」 秀和は躍起になって叫ぶ。 「5分でいい!ほら、一回自分の部屋戻れ!」  やれやれと言わんばかりな顔をした隆則はドアまで向かい、一旦止まって「手はちゃんと洗えよ?」と言って派手に笑いながら部屋を出て行った。  本を引き出しにしまった秀和は少し時間を持て余していた。片すだけだから5分も本当は要らないけど、BL漫画読んでたのがバレたら変な誤解されそうだしなぁ。 「トイレ行っとくか。」  秀和がドアを引くと、叫び声と共に隆則が倒れ込んできた。それを受け止めた秀和は一瞬驚いたがすぐさま不機嫌な顔をした。 「お前、人の部屋の前で何してんの?」 「あっ...いやぁ、入るタイミングを見計らってたというか。」 秀和は隆則の頭を軽く叩き、重いんだよ早くどけと隆則を立たせた。隆則はニヤニヤししていた。 「にしても、早かったな。」 秀和はもう一度隆則の頭を叩く。 「本をしまっただけだ!」  少し早足で食堂へと歩き出した秀和が隣の部屋の前まで来たところで、ちょうど部屋のドアが開いた。そこに軽く目をやると、見覚えのある顔があった。驚きのあまり転びそうになりつつ、立ち止まった。 「あ!お前!......え?なんでここに?隣の部屋?ええ!?」 彼は子を見守る親のような穏やかな笑顔を浮かべた。 「ほら、すぐ会えるって言ったでしょ?」 「いや言ったけどさ......にしても、だろ。」 「まあまあ、細かいことは気にしちゃダメですよ。ところで、安達先輩と田神先輩はこれからご飯ですか?ご一緒してもいいですか?友達が今手が離せないそうで......」 「だ、だめだ!」 隆則にさっき読んでいたのがBL漫画だったことが知られれば一生からかわれてしまうだろう。  しかしすぐさま、隆則が割り入る。 「なんで断るんだよ、可愛い後輩の頼みだろ?松田、友達にフラれちゃって可哀想だし、せっかくあまり他人に興味ないお前なんかに歩み寄ってくれたんだ!一緒に食べよーぜ?俺が許可する!」 「ありがとうございます。」 「なんかってなんだよ。ってかなんでこいつの名前知ってんの?知り合い?」 隆則は驚き、憐れむような目で秀和のことを見た。 「いやいや、お前本気か?挨拶に来ただろ、昨日!お前の部屋に!」 「あれ?そうだっけ?本当に来た?」 隆則は呆れたようにため息をついて松田に謝罪した。 「すまん、こいつあん時聞いてなかったっぽい。もっかい自己紹介してやってくれるか?」 「わかりました。では改めて、松田青也(まつだせいや)です。どうぞよろしくお願いします。」 青也は軽く頭を下げてニコっと笑った。 「もう、わかったから飯食おうぜ?腹減った。」 秀和は諦めて食堂へと向かうのだった。

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