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第4話『学習の心構え』
翌週の週末、お昼頃にショッピングモールにやってきた秀和 は少し前を歩く青也 に問いかけた。
「んで、何を買いに来たんだよ。そろそろ教えてくれよ、漫画じゃないんだろ?」
漫画だったら近くの本屋でいいしな。
「先輩は、共通の話題があるってだけで相手と付き合いますか?」
「えっ?急だな。まあ...好きって言われたら付き合うよ?断るの可哀想だし。」
青也は立ち止まり、少し見上げる形で秀和の目を見た。
「......先輩、それ相手はほぼ初対面で、一週間後くらいに向こうから『思ってたのと違った』とか言われて振られるパターンでしょ。」
青也は呆れたように言い放った。秀和は目を丸くした。
「すごい、なんでわかったんだ?」
目を逸らした青也は少し考え、首を振った。
「これは結構重症ですね。今日はアニメグッズショップにでも連れて行こうと思ってたんですけど、やっぱり食事でもしながらゆっくりお話ししましょうか。」
青也はニヤッと笑って続ける。
「先輩の奢りで。」
秀和は少し嫌な顔をするが、すぐさま諦めたように頷いた。
「それも、条件の一つって言うんだろ?わかったよもう。けど、金欠だから店は俺が決めるからな!」
格安イタリアンチェーン店にやってきた2人は、ボックス席で向かい合って座った。注文を済ませたあと、しばらくして青也が口を開いた。
「先輩、さっきの続きをしましょうか。先輩がやってることは、相手と向き合ってないのと一緒です。好きって言われたから付き合って、そのくせ自分は何とも思ってない、他人のままだから相手を気遣えない相手に合わせられない、そんなの付き合うなんて言わないですよ。だから相手から振られちゃうんです。ここからは主観ですけど、無意味な一週間を過ごすくらいならハッキリ断られた方がましですね。好きな相手になんとも思われてないことを体感する一週間とか地獄です。」
「そう、なのか......」
秀和は俯く。断る勇気が無いのを可哀想だからと言い訳して、相手を傷つけているかもしれないなんて考えたこともなかった。嫌なら嫌って言わなきゃいけないんだな。
「まあ、そんなに落ち込むことではないですよ。この件は次から気を付ければいいんです。気付く事と開き直る事って大事ですから。ところで、僕ずっと聞こうと思ってたんですけどーー」
「お待たせいたしました、ミラノ風ドリアとイカ墨スパゲッティでございます。ご注文は以上でよろしかったでしょうか。」
店員の声に遮られ青也は話すのを一旦やめた。店員が去った後、改めて口を開いた。
「それで、ずっと聞こうと思ってたんですけど、先輩はBLをどの程度理解しようと考えていますか?」
青也はそう言い終えてからスパゲッティを食べ始めた。
「え?どの程度って言われてもなぁ。あくまで話すきっかけになればって感じだから、少し話せる程度?」
青也が何を言おうとしているのかいまいちわからなないまま返答した。ドリアが熱くてなかなか食べられない。目の前の彼は眉間に皺を寄せた。
「全然ダメです、そんな心意気なら僕はBLを教えたくありません。きっと教えてもうまくいかないと思います。さっきの話と同じです、向き合う気持ちが大事だし、好きな相手に話すきっかけにするなら徹底的に学習する必要があります。ちょっと知った程度の知識で話しかけられたりしたら、僕なら『こいつ冷やかしだな』って判断します。......もっとちゃんと学習意欲を見せてください!ほら、BLについてもっと知りたくなってきたでしょう??」
最初は、何を考えてるのかわからなかったけど、まあ今もよくわかんないんだけど、俺に対してもBLに対してもちゃんと向き合っているんだな。自分の好きなものに興味を持ってもらいたい、話しかけるためだけの道具にして欲しくないってことなのかな。それに、正直そこまで仲良くもない相手の恋愛事情に真剣に考えてくれてて、すげえいい奴なんだなって。今思うと、俺から教えてくれって頼んだのにちょっとだけでいいってめっちゃ失礼だったよな。
秀和は何かを決意した顔で青也の目を真っ直ぐに見つめた。
「ああ!俺はしっかりとBLを学びたい!俺にBLを教えてくれ腐男子先生!」
青也は、秀和に初めて歯を見せて笑った。
「任せてください!」
秀和は思わず息を吹き出してしまう。
「お...おい!ふふ......歯とか口の周りイカ墨で真っ黒だぞ!くっ...ははは!」
青也は顔を赤くして、すぐさま口元を隠し、口を拭き始めた。
「も、もしかしてずっと口の周り黒くなってました?スッゲェいいこと言ってたのにはっずぅ......」
なんだ、結構可愛いとこあるじゃん。何考えてるかわかんないなんて思ってごめん、俺がわかろうとしてなかったのかもな。
「あっ、まだついてるよ。えーっと右!」
「えっ、こっちですか?」
青也が、秀和の思ってたのと反対の方を拭き始めてしまったので、急に母性が出たのか知らないが秀和の手は青也の口元に近づいていった。
「はは、違うよこっーー」
秀和の手はペチンと弾かれてしまう。秀和はひどく動揺する。しかしそれは手が払われたからではなく、青也の恐怖に満ちた表情が原因だった。青也はだんだん焦りの表情に変わっていった。
「あっ......ご、ごめんなさいこういうのは慣れてないのでつい拒否反応が、ね?気を悪くしないでください先輩は何も悪くないですよ!」
「お、おう。わかった。」
慣れていないってだけであんな表情をするわけがないということは秀和にもわかったが、詳しくは聞かない方がいいだろうと判断した。青也は水を飲み一旦落ち着いたようだった。
「それにしても、先輩もあんな風に笑うんですね!ちょっとびっくりしました。いつもさっきみたいに笑ってたらきっとモテますよ、顔も整っている方だし、身長も175ぐらいあるし。」
「そうか?でも笑うのって結構エネルギー使うじゃん?疲れるからあんまり好きじゃないんだよね。だから、いつもニコニコしてる人って凄いなって思うんだよ。原田 さんもさ、気配り上手で笑顔が素敵なんだよ~。」
「それなら、田神 先輩もいっつもニコニコしてるイメージありますよね。」
「ああそうだな。あいつのことも凄いなって思ってるし、いつも構ってもらってありがたいなって思ってるよ。」
「じゃあ、田神先輩に告白されたら付き合いますか?」
「えっ隆則に?どうだろう、振ったら友達ですらなくなっちゃわないかは不安だな。あいつには、ずっとそばにいて欲しい気持ちはあるけどそれは友達としてだな。恋人にするにはちょっとうるさ過ぎるし!」
青也は少し微笑んだ。
「なんだ、ちゃんと相手に向き合えてるじゃないですか。男だから振るって言ってたら怒ってました。今度からは告白されたらちゃんと相手に向き合って、付き合うかどうか決めるんですよー!」
「おう!...ってかこれ全然BLと関係ないじゃん!」
秀和は思わず笑った。
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