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第7話 Coming of Age Love Song ③

 それでも。 それでも気になるのが人の心だ。 浩也は雪かきを新記録的なスピードで済ませると、ポチの散歩もダッシュで終わらせた。 成人式には参加しないと心に決めていたものの、郡司と島本が気になって、結局は美井得市民センターの801ホールと向かっていた。 もともとお祭り騒ぎに興味のない浩也は、基本的にイベント事には参加しない。 伝統を重んじる行事に関しては、家柄上敬意を払っているが、クリスマスだのバレンタインだの、騒いでいる人間の精神性がこれっぽっちも感じられないようなものが嫌いなのだ。 成人式も然り。 昔のように、成人するまでの生存率が低かった時代なら、成人式を祝うのも分かる。 だが、式典なんぞクソ喰らえで大騒ぎしている同世代の若者のニュースを見るにつけ、浩也は情けなくなるのであった。 そもそも、8割の成人が『自分は成人ではない』と思っているのだ。 『自分はお子ちゃま』と思っている連中に、なぜ市民の血税を注ぎ込んで『成人式』を行う必要があるのか。 浩也は自分のことを、それなりに大人になったと思っている。 学生ゆえ経済的には両親に依存しているものの、自分の責任は自分で取るだけの分別を持っているつもりだ。 もっとも、郡司の前では成人どころか発情期のサルのようになってしまう事実も否めないが。 「なんだよ、この歩道。もっと真面目に除雪しろよ、ったく。」 シャーベット状の雪に足を取られそうになりながら歩いていると、いつの間にか市民センターにたどり着いていた。 既に式典は始まっているようだ。 それでもスマホを片手に、姦しくおしゃべりをしている着物姿の若者たちが、入り口付近にかなりの数たむろっている。 (外は寒いし、とりあえず中に入って待たせてもらうか。) 入り口を通り抜けようとしたところで、浩也は肩を掴まれた。 「ちょっと、なんですか、あなた。」 警備員は不振そうに浩也をじろじろと見つめてくる。 確かに『新成人』には似つかわしくない格好かもしれない、と浩也は自分の姿を見下ろした。 普段着にダウンジャケット、しかも雪かきをしてそのまま来たものだから、ジーパンの裾とスニーカーは泥だらけだ。 「あ、いや、ちょっと中で待たせてもらいたいんですけど。」 「入場ハガキ見せてください。」 暮れにそんなものが自分宛に届いていたような気もしたが、忙しさにかまけて浩也は捨ててしまっていた。 「ああ、忘れちゃって。」 「じゃ、駄目です。最近は不審者とか多いんで、ハガキ持ってない人は入れられないんですよ。」 「わかりました、じゃあ、いいです。」 浩也はあっさり引き下がった。 こんな場所で押し問答をするのが面倒くさかったからだ。 とは言え、そのまま帰る気は毛頭なく、市民センターの裏手にある、地下駐車場の入り口に回る。 浩也は物分りは良いほうだが、諦めは悪いのだ。 駐車場の係員に軽く会釈をし、 「どうもー、式典終了後の片付けの手伝いを頼まれたんですけど。」 と言うとそのまま業務用エレベーターに乗り込んで行った。  (こりゃ暴れたくもなるわな。) 人のいなくなった楽屋を抜け、舞台裏にこっそりと忍び込んで覗くと、ステージでは延々と来賓の挨拶が行われていた。 会場の新成人たちは、忍耐強く座っている者もいれば、完全にステージを無視しておしゃべりをしたり、スマホをいじっている者もいる。 いくら式を開催してやるからとは言え、主催側の自己満足の場と化していては、黙って大人しくしていろと言うほうが酷である。 その中に郡司の姿を探そうと、浩也は目を凝らしたが、暗い会場では一人一人の顔まではよくわからない。 くだらない式だけれど、こんなことなら初めから『島本となんか出かけるな。二人で一緒にどこかへ行こう』と誘えば良かった、と浩也は後悔する。 そうでなければ、つまらないプライドなど捨てて、一緒に成人式に参加するべきだった。 どうしてこうも自分は意地っ張りなのか。 こそこそ隠れて郡司の姿を探す自分が情けなくなってくる。 と、突然数人が座席から立ち上がり、どやどやと壇上に飛び乗ってきた。 「成人式、ばんざ~い」 一人が叫びながら爆竹を投げつける。 パンパンパンっという破裂音と煙が上がる。 「きゃあっ」「うわぁ!」 悲鳴が上がる。 「なんだね、君達は!」「こら、やめなさい!!」 「うるせえ、つまんねえ話ばっかしやがって。」 「どけどけ、こっからは俺たちの出番だぁあっ」 明らかに酔っ払った若者たちが、ステージ上で暴れ始めた。 来賓ともみ合ったり、ステージから振り落としたりの乱闘騒ぎだ。 つられてステージに飛び乗る若者もいる。 更に火のついた花火を若者が振り回したとき、手許が狂ったのか、舞台袖の幕に飛んでいった。 黒煙が上がり、嫌な臭いが立ち込める。 「きゃーっ」 誰かが叫んだのを皮切りに、会場はパニックに陥った。 あっけに取られていた浩也だったが、はっと我に返った。 楽屋の入り口に消火器があったのを思い出し、慌てて取りに行く。 どうすればよいのか分からずにうろたえている主賓来賓と、ステージで猶も暴れようとする若者の間をすり抜け、黒煙を上げるカーテンにホースを向けて狙いを 定めると、思いっきりレバーを握った。 軽い反動ともに、消火剤が音を立てて勢い良く飛び出す。 ステージ上で呆然としていた大人たちも、ようやく我に返り、口々に 「119番に通報しろ。」 「いや、警察だろ。」 と言い始める。 その言葉を聞いた若者たちが、蜘蛛の子を散らすように、壇上から逃げ出そうとする。 「やべえよ、ケーサツ。」 「お前が悪いんだろっ」 逃がしてたまるか、と浩也は若者たちめがけて消火剤をぶちまけてやった。 その際、壇上のVIPと思しき人々や、ステージ近くに座っていた他の新成人たちにもかかってしまったが、そのときは既に浩也もかなり興奮状態にあり、なりふりかまっていられなかった。 「うわあ、何をするんだ」 「きゃあっ、ひどい、せっかくの振袖がぁ~」 更に騒ぎが拡大する中で、浩也の耳に声が届く。 「浩也っ!!どうしてここに?!」 喧騒の中で、郡司が席から立ち上がり、目を見開いて叫んでいた。 「郡司……」 会場の喧騒が一瞬遠のく。 たとえ離れた距離でも互いを見つけ、見つめ合う自分たちはまるでロミオとジュリエットみたいだ、と浩也は柄にもなく思った。 「浩也、ひろ……」 座席から郡司が身を乗り出したその時だった。 隣に座っていた島本が、なにやら白い布のようなもので郡司の口を塞いだ。 ふらふらとしゃがみ込む郡司。 「郡司―っ!!」 浩也は消火器を放り投げ、壇上から飛び降りて助けに駆けつけようとするも、島本は郡司を抱え上げると、会場の外へと去っていった。

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