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第9話 Coming of Age Love Song ⑤

「郡司、郡司。気分はどう?ようやく二人っきりになれたよ。」 「気分なんて、最悪に決まってるじゃないか……。気持ち悪い、まだふらふらする。島本、俺に一体何をかがせたのさ?」 「ごめんよ、だけど仕方なかったんだ。どうしてもお前と二人っきりになるには、こうするよりほか。」 「俺は二人っきりになる用事なんてないよ。」 まだ大事には至っていないようである。 「ごめん、どうしてもお前のこと諦めきれないんだ。せめて、二十歳の記念にお前との思い出が欲しくて……。」 「入り口で配られた成人祝いの紅白饅頭が気に入らなかったなら、美井得市役所に文句言ってよ。なんで俺が島本の成人式の記念品の代わりを務めなきゃいけないのさ?」 「一度くらい、俺とだってやってくれたっていいだろ?」 島本の悲壮な声と同時に、ビリビリ、と布を引き裂く音がする。 浩也は居ても立ってもいられず、飛び出していこうとしたところで、背後から思わぬ馬鹿力で羽交い絞めにされた。 (うぇっ、お姉さん、何するんですか?) (しっ、今いいところなんだから、邪魔しないで!) 郡司が犯されようとしているのに、自分は指をくわえて見ているしかないのか、と浩也は絶望的な気持ちになる。 「……わかったよ、島本。一度だけやったら、本当にそれでいいんだよね。」 なに?! 浩也は自分の耳を疑った。 (郡司、そんなあっさり俺を裏切るのか?!) 「やる前にお風呂入りたいから、お湯入れてきて。」 「わかった。ちょっと待ってて。」 島本がいそいそと風呂場に向かう。 あまりの単純さに一瞬浩也は笑いそうになった。 スキがありすぎる。 だが、郡司はそれをチャンスと逃げ出さず、なにやら販売機に屈みこんでごそごそ取り出している。 「風呂、ジェットバスだったよ。二人で入ろうか?」 浮かれた様子の島本を、郡司は上目遣いで見上げた。 「こんなのあったけど、使ってみる?」 郡司が手にしていたのは、ピンク色のファーのついた手錠だった。 「え、いいの?俺、別にそんなもの使わなくたって……」 ガチャリ。 手錠を嵌められたのは、島本のほうだった。 郡司は、普段のとろい姿からは予想もつかないような早業で島本をベッドに繋いでいた。 「あの子、KO大の医学部って本当?ものすごい馬鹿じゃない?」 チヒロが呆れたように呟いた。 「確か一浪して入ったんですけどね。受験で脳みそ使い果たしたのかも知れません。」 浩也は郡司の意外な行動力に感心しつつ、相槌を打った。 「じゃあ……」 呆然としている島村に向き直ると、郡司はテーブルに置かれていたカタログを突きつけた。 「どれがいい?選んで。」 「え?選ぶって?」 「一生の思い出に、え、えっち、して欲しいって言ったじゃん。」 「それって、大人のオモチャだろ?郡司、そういう趣味なのか?」 「だって、俺、浩也以外の人間の前で、は、裸になったり、とか、セッ、その、は、はめっ、ひ、一つになるみたいなこと、出来ないよ!どれがいいの?悪いけど優しくはしてあげられないよ。良く考えて選ばないと、痛い思いするよ。」 「痛い思い?」 噛み合わない会話を聞きながら、浩也もまた郡司の言動をいぶかしく思った。 島本なんぞをさっさと置き去りにして逃げてしまえば良いものを。 「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」 島本の声が、やがて混乱と恐慌をきたしてくる。 「もしかして、それ挿れられるのは、俺のほうなのかっ?」 「あたりまえじゃん、思い出のえっちしたいんだろ、俺、浩也以外の相手じゃ絶対、た、勃たないけど、どうしてもって言われたら、それしか方法ないじゃないか。島本にそこまでの覚悟があるなら、島本のために心を鬼にする。だけど、これっきりだよ。」 ざーっと島本の血の気の引く音が、浩也の耳に聞こえたような気がした。 「冗談じゃねえよ、やめてくれよ、そんなこと。郡司、勘弁してくれ!」 「どういうこと?じゃあ、島本は自分がされたら絶対に嫌なことを、俺にしようって企んでたわけ?薬までかがせて?!」 「普通、嫌に決まってるだろ?!」 「嫌なこと人にするって、どういうつもりだよ、そんなのただの嫌がらせじゃないか?なんで島本に一方的にそんなことされなきゃいけないのさ?」 「待て、まさかお前、片桐とやるときも、あいつがやられるほうだったのか?そんなの聞いてねえよ!」 (誤解だ!!) 浩也は今や完全に混乱していた。 郡司の思考についていけないのは今に始まったことではない。 だが、何がどうして話がそんな展開になるのも理解できず、更に追い討ちをかけるようにチヒロが浩也の耳に囁きかける。 「やっる~う、たーくんったら。でも、あなたホントいいお尻してるわね。ああ、先に出逢って童貞からあたしが調教したかったわ。」 あまつさえ、チヒロは浩也の尻を両手で揉みしだく。 「うわぁああああっ」 浩也は思わず叫び声をあげて部屋に飛び出してしまった。 「浩也……」 「片桐……」 郡司と島本が同時に振り向く。 「はぁい、お二人さん、邪魔してごめんね!」 更に緊張感を粉砕するように、チヒロが部屋の真ん中に進み出る。 「浩也、助けに来てくれたんだ!!」 姉の奇行には慣れているのか、郡司はチヒロの存在を完全に無視しつつ、感極まったように浩也に飛びついた。 「怖かったよ、浩也。俺、無理やり犯されるところだった……!!」 犯されそうなのはどこから見ても島本のほうだったが、浩也はそのことについて触れるのはやめておいた。 元はといえば島本の身から出た錆びである。 同情する余地などこれっぽっちもなかったが、実のところ浩也もかなり複雑な気分になっていた。 このまま島本が郡司に『やられる』のは多少気の毒な気もしたが、だからと言って島本をただで助けてやる気にもなれない。 「おい。」 浩也は半泣きでベッドにつながれた島本に近づいた。 島本は気まずそうな顔つきで浩也から目を逸らす。 「お前、本気で郡司をレイプしようとしたわけ?」 島本は答えない。 浩也は少し哀しくなった。 「同じ男として、情けねえよ!お前、そういう奴だったのかよ?」 「そもそも俺のことなんてろくに知らねえじゃん。同じクラスにだってなったことなかったし。」 浩也は島本の頬にパンチを喰らわせた。 ベッドの上で島本の身体が弾み、頬が腫れあがる。 「確かにお前と俺は、高校が一緒だったって事以外は、これっぽっちも関わりなかったよ。だけどなあ、俺はお前にもらった痛みだけは忘れてないぜ。俺がまだ中途半端な気持ちでしか郡司を見てなかった頃、お前、俺のこと殴ったよな。え?」 高校3年のクリスマス。 浩也と仲違いした郡司は、島本と過ごすはずだった。 郡司に煮え切らない態度を取りつつも未練ばかり募らせる浩也に、島本は手痛い一発をお見舞いしたのだった。 「少なくとも、昔のお前は、今よりもずっとマシだったよ。まっすぐな男だった。郡司を思いやる心があった。自分の欲望を満たすことしか考えないような、腐った人間じゃなかったはずだろ?!」 島本はうなだれ、やがてポツリと呟いた。 「最低な連中に囲まれりゃ、お前だって俺みたいになるよ。『医学部』って聞いただけですり寄ってきて、俺の中身なんかどうでもいいバカ女とか、有名大学とか医学部って肩書き振りかざして、女を食いまくる連中とかさ。」 「……本当にそういう連中しかいなかったのか?気づかなかっただけで、まともな奴だっていたんじゃないか?お前、周りの奴らと本気で話し合ったりした?」 島本は答えない。 「仮にそういう連中しかいなかったとしても、お前はお前だろ?『最低』呼ばわりしてる連中と一緒になってどうするんだよ?世の中、クソみたいな奴はいっぱいいるよ。さっきの会場で騒ぎ起こした連中とか。だけど、今の成人みんながみんなああいう連中じゃねえだろ?」 「うるさいっ、お前になんか説教されたくねえよ!!」 「あっそ、じゃあ勝手にしろ。帰ろうぜ、郡司。」 「待てよっ!……郡司には、悪いことしたと思ってる。本当に最低だ。逆の立場だったら、本当に耐えられないことなのに……。ごめん、郡司。許してもらえなくてもいいけど、本当に悪かったって思う。……だけど、片桐には絶対に謝らねえ。」 「いいよ、俺は許してあげる。昔、俺がやけになってデートにOKしておきながら、途中で帰るって泣き出したとき、許してくれたもん。俺のほうこそ、ひどいことしてごめん。」 郡司は穏やかに言うと、視線で浩也を促した。 「まあ、俺は一発ずつ殴りあったってことでおあいこだな。郡司がそれでいいなら、これでおしまいだ。」 「なあんだ、つまんなぁい。もう修羅場おしまい?」 チヒロが面白くなさそうに口を挟む。 「ちー姉、何しに来たんだよ?」 「たーくんったら、助けに来たお姉さまにその口の利き方はないでしょ?!」 「面白がってただけじゃん、なんだよ、子供のころ俺がイノシシに追いかけられたときも、笑ってて助けてくれなかったくせに。」 「もう、この子ったら昔のこといつまでも蒸し返して、嫌な子ねぇ。記念日とか忘れると根に持つタイプよ、ね、あなた苦労してるんじゃない?今のうちにあたしに乗り換えたほうがいいわよ。」 「ちー姉、浩也にベタベタ触るな!!」 わあわあと騒ぐ姉弟を脇目に、浩也は島本の手錠をはずしてやった。 島本はホッとした顔で身を起こした。 当初見せていた気障な雰囲気も既に払拭され、高校時代の好青年っぽさを取り戻していた。 「郡司もキミも、思っていた人間ではなかったようだけど、人生の奥深さみたいなものを考えさせられた。少し頭を冷やすよ。」 島本は浩也と郡司の関係に誤解を抱いたままのようだったが、浩也は面倒くさいのでそのままにすることにした。 部屋を引き上げようとする島本に、チヒロが声をかける。 「あなた、お待ちなさい。あたしが本当の愛を教えてあげるわ。それに悪い子にはお仕置きもしなくっちゃ。」 「え?!ちょっと、ちょっ……」 島本はチヒロに引きずられて姿を消した。 浩也は何故か数日前に見たサバンナの大自然を特集したテレビ番組を思い出した。 メスのライオンが巨大なヌーをずるずると咥えて行く光景だ。

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