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落ち着かない初めての感情

 入れ違いでバスルームへ向かった伊上が部屋へ戻ると、いつもならベッドで寝転がっている天希が床に座っていた。  ベッドに背を預けスマートフォンをいじっていた彼は、戻ってきた恋人に気づくと表情を明るくする。 「別にベッドへ上がっても構わないのに」 「でもほら、うっかり粗相したら困るだろ?」  傍まで行けば天希の膝の上にタオルに埋もれた子猫がおり、伊上の気配を感じたのか顔を上げてもぞもぞとする。 「もしかしてまた鳴いてたのかい?」 「うん、そう。起きたと思ったらずっと鳴いててさ。寂しいのかな、やっぱり」  優しい眼差しで子猫を見下ろし、天希はそっと指先で顎の裏を撫でる。  気持ち良さそうに目を細める姿は愛らしいとは思えど、少しばかり伊上は面白くない。 「ご飯は食べた?」 「んー、食べた」  明らかな生返事で伊上の眉間にしわが寄るが、原因である天希は気づく様子もない。  苛立ちを感じつつも棚からグラスと酒瓶を取り、伊上はソファに身を沈めた。  しっかりと食事を摂る天希と違い、食べる行為をあまり重要視していない伊上の夜は酒のつまみ程度。  朝や昼は篠原の用意したものを強制的に摂らされるので、夜だけは好きにさせてもらっている。 「あっ、伊上! あんたはまたそうやって冷えたまま食おうとしてる! あっためろよ、ちゃんと」 「いいよ。お腹に入ればみんな一緒だし」  デリバリーのパッケージのまま、料理をフォークでつつく伊上にようやく気づいた天希が口を尖らせた。  しかし腹の上にいる子猫のせいで立ち上がれずにもたもたしている。  伊上の用意した寝床へ戻そうとした途端に抗議の声を上げられて、天希が心を鬼にできるわけもなく、両手指を拡げた状態で固まっていた。 「あまちゃん、もしかして今夜はそれと一緒に寝るつもり?」 「えっ? いや、そのつもりは……ないんだけど、な」 「ここに連れてこずにまっすぐ二ノ宮に持っていけば良かった。次はいつ会えるかわからないのに、あまちゃんは僕よりも毛玉のほうがいいんだ」 「だから! そんなつもりはねぇよ。ってか、拗ねてんの?」  自分らしくない嫌味を言いながら、ソファの背もたれに身を預けてグラスを煽れば、こちらを見ている瞳がまん丸くなる。  じっと一直線に向けられて、居心地悪さを感じた伊上はツイと視線をそらした。 「マジか、伊上が子猫に嫉妬とか。ふはっ、可愛いな」  言葉にされたくない感情をためらいもなく口にしたどころか、こらえきれない笑みを唇に浮かべている天希がひどく恨めしい。  これまでこのようなくすぶりを胸に抱いた経験がないため、上手く誤魔化しきれず伊上はまた眉間のしわを深くする。 「ごめんなぁ、ちょっといい子に寝ててくれよ。大きなネコ科の獣を一頭、あやしてくるから」 「誰がネコ科の獣だって?」 「誰って、あんたしかいねぇだろ」  いまだにミーミーと鳴いている子猫をなだめすかし大人しくさせてから、足取りも軽く天希はソファまで近づいてきた。  さらにはすとんと横に腰を下ろして、喜色を浮かべた瞳で見上げてくる。 「ほら、酒を飲むならちゃんと食えよ。胃が荒れるだろ」  プラスチックケースの端に置いていたフォークを手に取り、天希はカットされたハーブウィンナーを伊上の口元へ運ぶ。  黙ってその様子を見つめていれば、つんつんと唇に押しつけてきた。 「これ好きだろ? あんたわりと好んで食べてるぞ」 「知らな……」  喋ろうと伊上が口を開いた瞬間、すかさずウィンナーを突っ込まれる。  一口大にカットされているとはいえ、唐突にモノを突っ込まれると反応が遅れるものだ。  口に入ったからには咀嚼しなくてはならず、文句の前に口を動かしていると天希はさらに料理を物色し始めた。 「見事につまみ系ばっか」 「つまみだからね」 「食事はいい加減なのにこの体はずるいよなぁ。篠原さんの献身のおかげだな」  腕を伸ばして天希の肩を引き寄せると、彼はぴったり寄り添い、なおかつペタペタとシャツの上から伊上の体を触りまくる。  以前から羨ましいと言っているが、あまりガチガチに鍛えられても触り心地に変化が出るため、ほどほどで伊上が止めていた。  元々高身長で体のバランスも良い。  しなやかで筋肉に弾力がある天希の体つきが伊上はお気に入りだった。  いまも素肌に直接着た、ゆとりのあるTシャツからでも感じとれる体のラインに視線が引き寄せられる。  肩からするりと手を滑らせ、腰元から手を忍ばせるとビクリと天希は体を震わせた。 「い、いきなり触るなよ」 「あまちゃんだって僕を触ってるんだから、おあいこでしょ?」 「俺はあんたみたいにいやらしい触り方してねぇよ」 「僕をあやしてくれるんでしょう? どうやって僕のご機嫌をとってくれるの?」  そわそわとし始めた天希を見ると無意識に口角が上がる。  伊上が素肌の上で手のひらを滑らすたびに頬の赤みが広がって、徐々に熱が首筋まで下りてくるのがよくわかった。  ぐっと腰を引き寄せて耳裏辺りへ顔を埋めれば、小さく声を漏らした天希がぎゅっと拳を握る。  綺麗な金髪を唇で掻き分け、無防備なうなじに伊上はきつく吸い付いた。 「くっきりついたね」 「バ、バカ! そんなとこにつけんな!」  親指で伊上が赤く残った痕をなぞると、天希はとっさに手のひらでその場所を覆う。 「あまちゃんが僕を放っておくのが悪いんだよ?」 「うっ、まあ、猫に気を取られたのは悪かったけど。人の手が必要な存在だろ?」 「僕にはあまちゃんが必要なんだけど?」 「ああっ、もう! ちっこい猫にマジな嫉妬すんなよ! 可愛いやつめ!」  耳元で囁くと俯きがちだった天希の顔が勢いよく振り向き、鼻先がぶつかりそうになる。  驚いた伊上はとっさに身を引くけれどすぐさま両手が伸びてきて、頬を掴んだかと思えば遠慮なしに引き寄せられた挙げ句、唇を塞がれた。  ぶつかるようなキスは押しつけられるだけだったが、伊上が我に返ると触れては離れるついばむ仕草に変わる。  口先で小さなリップ音がちゅっちゅと響き、天希の可愛らしさに頬が緩むものの、物足りなさを感じた伊上は彼へ手を伸ばして形の良い頭を引き寄せた。  さらさらとした金髪に指を通し愛でながら、唇を深く合わせる。  急な変化に天希が戸惑いを見せたのは一瞬で、頬を掴んでいた手がするりと後ろへ伸び、腕が伊上の首に絡められた。  自ら招き唇を開いた恋人のおねだりを叶えるため、望み通りうっすらと開いた隙間に舌を滑り込ませる。  待っていたと言わんばかりに舌を絡ませてくる天希の反応に、たまらなくなった伊上は彼の体をソファに沈めた。  覆い被さりたっぷりと口の中を愛撫すれば、次第に天希の表情が蕩けていく。  もっと欲に溺れた顔が見たくなり、Tシャツの裾から手を忍ばせ意図して性感帯をくすぐると、ピクンと体が震え潤んだ瞳が伊上を見上げる。 「んっ、伊上……」 「なに?」 「ぁっ……もっと、上」 「上ってどこ?」 「……乳首、乳首いじって」 「ふふ、可愛い。良いよ。いっぱい可愛がってあげるね」  自分からTシャツをたくし上げてみせる天希の仕草で、思わず喉が鳴りそうになった。  それを歪めた唇で誤魔化し、伊上はツンと立ち上がった胸の尖りを指先で優しくこね回す。  時折強めにきゅっとつまむと天希の眉が切なそうに寄せられて、ひどく色っぽい。 「あまちゃんは自分でここ、いじったりするの?」 「あんま、しない。……あんたに触られるほど、気持ち良くない、から」 「へぇ、僕に触られてるっていうシチュエーションに反応してるのかな? 可愛いね。だったらもっといっぱい良くしてあげないとね」  瞳を覗き込むと期待する気持ちが溢れそうな視線を向けてくる、素直な天希に伊上は口元が緩んで仕方がない。  身を屈めて彼の胸元に顔を寄せれば、再び伸びてきた手が背に回り伊上を抱きしめる。 「んっぁ、気持ち、いい」  これまで散々いじってきたからか、ツンとした可愛らしい尖りは周囲がふっくらしてきたように見えた。  それがやけにおいしそうに思えて、伊上はそこへ深い口づけを贈るように唇へ含み、主張して立ち上がるそこを何度も舌で舐る。 「あぁっ、いいっ、もっとしゃぶって……乳首、いじられながら奥、いっぱい突かれたい」 「……あまちゃん、おねだりのときは?」 「こーいちっ、紘一、お願い。して、えっちしたい」 「ベッドに行こっか」  問いかけに天希は何度も頷き、ぎゅっと伊上にしがみつく。  幼い仕草とおねだりの内容との落差がおかしくて仕方がないけれど、恋人を優しく抱き上げた伊上はまっすぐにベッドへ足を向けた。  だが――いざという瞬間になり、部屋の中に盛大な主張をする鳴き声が響き渡る。  雰囲気をぶち破る声にさすがの天希も我に返ったようだった。

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