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二人でお揃いだぞ

 しばらく天希は「ふへへ」とおかしな含み笑いをしていた。  さすがに若干呆れられた気はするが、スマートフォンの画面に伊上とのツーショットがあれば、浮かれずにいられない。  そもそもの話、彼は天希の好みど真ん中なのだ。  顔面の良さに一目惚れをし、大人で優しくて甘やかしてくれて、時々不器用な伊上がどんどんと好きになった。 「あまちゃん、そろそろ本物を見ない?」 「本物はちょっといま刺激が強いから、ちょっとずつな」 「なかなか酷い言い様だよね」  くいっとスマートフォンを指先で引っ張られたけれど、天希は引き寄せて、端っこで自分の顔をわずかに隠す。  眼鏡で五割増しになっている、伊上を実物で見るたび「やばい」しか発していないのだ。 「あんたが俺の好みすぎるのが悪い!」 「それは褒めてるの?」 「これが褒めてないとかありえねぇだろ!」  どこかで聞いたような会話をしながら、二人がたどり着いたのは温泉地ならではの雰囲気がある商店街。  車で五分ほど走り、駐車場から数分だった。  宿泊する旅館はお忍び風だったけれど、付近はほかにホテルや旅館がある。  温泉が出る地帯なので、連休を利用した観光客も多くいた。  よくよく考えれば木を隠すなら森の中。  人の出入りが多い場所で、ひっそりと営業するのは非常に理に適っている。そうでないと逆に目立つからだ。 「こういう場所ってぶらぶらしてるだけで楽しいよな」 「そうだね。昔はよく兄と歩いたかな。商店街はかなり様変わりしているけど、なんとなく懐かしいね」 「そっか、悪い気分じゃなければいい」 「ありがとう」 「ちょ、いきなりくっついてくんな! びっくりすんだろ」  ふっと小さく笑った伊上が腰に手を回してきて、こめかみ辺りにキスをされた。  いままで外でこんな大っぴらにされたことがないため、反射的に天希はビクつく。  じわじわと顔が熱くなって、逃げようとするが回された手にしっかりと押さえられ、まったく離れられない。  標準以上の体格である天希の体を、片手で封じる伊上の馬鹿力さを思い知った。 「気にしなくて大丈夫だよ。ゲイカップルが浮かれているんだな、くらいにしか思われないから」 「……そうだ、けど。んー、まあ、たまにはいいか」 「そうそう、せっかく誰もいない場所に来たんだしね。のんびりゆっくりいちゃいちゃしようね」  言いくるめられた気もするが、のんびりデートは天希も望むところだ。  伊上が自然と笑えているならそれだけでいい。 「伊上、あれってお土産の定番だよな。昔から」 「ああ、確かに」  ふいに目に留まったのは、店先のディスプレイに山ほどぶら下がったキーホルダー。 「なんで観光に来てまで、名前とかイニシャルのキーホルダーを買うんだと思う?」 「無難?」 「いや、全然無難じゃねぇ。もらっても使い道ない。あっ、でも紘一のKだったら毎日つける」 「買ってほしいの?」  良い考えだとばかりに目に入ったアルファベットを指さすと、困惑気味に眉を寄せて問いかけられた。  天希がイエスと大きく頷けば、ため息をつきつつ「どれがいいの?」と聞いてくれる。  頭からつま先までオーダー品を身につけている伊上が、土産物屋でイニシャルキーホルダーを買っている図。  想像だけでもあまりにレアすぎて、天希はニヤニヤしながらぶら下がるキーホルダーを選んだ。 「それは僕にもってことかな?」 「いらねぇの? 俺が選んだ俺とお揃いデザインのA」  選んだ二つのキーホルダーを差し出したら、思いきり苦笑いされた。  しばしじっと天希の手元を見つめたのち、両方とも受け取ってくれた伊上に天希はにんまりと笑う。  選んだキーホルダーは極シンプル。  シルバー製で、ぱっと見ただけではイニシャルがはっきりわからないデザインだ。  Kには青緑色の石、Aには赤色の石が付いている。なんと小指の先もないがれっきとした天然石らしい。  青はアマゾナイト。希望の石と言われる目標達成に効果を発揮する。  赤はルビージェイド。赤色に着色した翡翠で心の安定や願望達成に効果あり。  なんとなく手に取ったというのに、いまの二人にぴったりとも言える。  店主のおじいさんが、石の効果や石言葉が印刷された紙をくれた。 「どこにつけよう。……とりあえずここでいいや。家に帰ったら金具を付け替えるか」 「落とさないようにね」 「うん。戻ったら鞄につける」  ベルトループになんとか引っかけられたが、ずっとこのままは金具が安物っぽいので危険だ。  ちらっと伊上を見たら内ポケットにしまい込んだ。さすがに付けろと強要はできないので、天希は黙っておく。 「伊上、抹茶アイスが食いたい」 「さっき団子を食べた気がするのは気のせいかな?」 「うー、気のせいじゃねぇけど。なんかこういうとこに来ると食いたくなるだろ!」 「夕食が入らなくなるよ」 「ケチー!」  その後もぶらぶらと二人で歩き、天希はあちらで止まり、こちらで止まり、寄り道をしまくりだった。  ちなみに抹茶アイスは伊上が店員にお願いして、カップ二つに分けてくれ、無事に食べられた。 「あまちゃんは元気だね」  飽きる様子もなく歩き回る天希の少し後ろを歩く伊上は、些か呆れているように見える。  普段、彼は他人に連れ回される経験などないだろう。 「年の差、かな」 「またそうやって年齢いじりをする」 「別に俺、あんたの年齢とか気になんねぇよ。老後の心配もするな。俺、じいちゃんとばあちゃんの介護で結構慣れてる」 「介護、って……僕はあと五十年くらいは元気に生きるよ」 「そのくらいになったらもう歳は関係ねぇな。俺もじいちゃんだ」  肩をすくめる伊上にニッと天希が口の端を上げて笑えば、彼は小さく息をつきながら天希の体を片手で引き寄せる。  ぴったりと隙間なく隣に収められ、思わず天希は隣を見上げたが、どこか満足そうな顔があったので少しだけ肩に頭を預けた。 (俺が一人で満喫している気になってたけど、伊上もちょっとは楽しいって思ってるかな。俺といると楽しいって思ってくれたらいいな)  ふと今日の目的を思い出し、無理に問いたださなくても良いのでは、と思いもしたけれど。  大事な部分を曖昧にしておくと、いつか取り返しのつかない後悔をしそうにも思えた。  旅館へ戻ったら、これからについてしっかりゆっくりじっくり、話を聞こうと天希は誓うのだった。 「あまちゃん、そろそろ戻ろうか」 「うん。晩飯はなにかな」 「あまちゃんの胃袋って、ブラックホールにでも繋がってる?」 「うるせぇ、食べ盛りなんだよ!」  延々と他愛もない会話をしながら帰り着くと、またもや美人の女将が出迎えてくれた。  出掛ける時にも見送ってくれたので、今日と明日は伊上と天希の専属なのだろう。  伊上の父親の職業はまだ聞いていないが、彼の引受先が二ノ宮だったことを考えれば、近しい間柄である可能性が高い。  だとしたら旅館にとって伊上は賓客。粗相のできない相手だ。 「商店街は楽しめましたか?」 「楽しかったです。なんか久しぶりの観光って感じで」 「そうですか。それは良かったです。お食事の時間はいかがなさいますか? 温泉のあとでも可能ですよ」 「あまちゃんはどっちがいいの? さっき食べ過ぎたから先にお風呂に行っておく?」  問いかけられて無意識に伊上へ視線を向けたら、意地悪そうな目で見返された。  正直、いまはまだ夕食という気分ではなかったため、天希は賛成なのだけれど、からかいが含まれているので少々ムカつく。  黙って伊上の背中を拳でぐりぐりすると、かすかに声を上げて笑われた。 「内線でお知らせいただけたら、三十分以内にご用意いたしますよ」  図体のでかい男二人だが、見ようによっては微笑ましいのか。  くすくすと女将にまで笑われてしまった。 「何時までなら?」 「二十一時頃までにご連絡ください」 「わかりました。ほら、ふて腐れていないであまちゃん、行くよ」  恥ずかしさで、いたたまれなさ全開な天希はよそを向いていたが、伊上に手を引かれて離れへと向かい歩き始めた。

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