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第10話 ナイトメア
悪い夢を見ているようだった。
兄である雅人が、丁寧に一つずつシャツのボタンをはずしている。
坂下は自分に覆いかぶさる影を押し退けようとしたが、その手は虚しく空を切るだけだった。
「誰か、だれ…か…。」
「誰も来ないよ。」
「かあさん…が、食器、下げ…」
「あの女は薬飲んで寝たから、起きないよ。」
「にいさん、なにを…」
「まったく、反吐が出るよ、あの馬鹿女。あいつらの遺伝子が自分に入ってないことを祈るばかりだ。親父が家に帰ってこないのも、無理ないよな。ふん、だからって愛人作るような男、父親なんて認めたくもないけどな。」
必死で身体を動かそうとするが力が入らない。
「俺のことを分かってくれるのはナオだけだよ。」
細長い指が坂下の前髪を優しくかき上げる。
「ナオのこと分かってあげられるのも、俺しかいないよね。」
なんとも言えない薄ら寒さが、坂下の背筋を駆けぬけた。
「大丈夫だよ。」
坂下の震えをどう受け取ったのか、兄は諭すように語りかける。
何が大丈夫なのだろう。
「一時的な弛緩作用をもたらすけど、分解は早いんだ。副作用もないよ。」
状況をうまく飲み込めず、ぼんやりと坂下は兄を見上げる。
「初めてじゃ体の負担も大きいからね。力を抜くのもコツがいるだろうし、下手に暴れて傷つい たら可哀相だ。」
兄が何を言っているのか、坂下には理解できない。
ただ、その瞳に異常な熱気が宿っていることだけをかろうじて認める。
ジッパーを下ろす音が耳に響いた。シャツのボタンをはずし終わった指が、今度はズボンと下着を剥いでゆく。
「なに…やだよ、いやだ…」
兄は、一糸まとわぬ姿になった坂下の身体をそっと抱え上げ、腰の下に枕をあてがった。
まるで壊れ物を扱うような、その優しく丁寧な手つきは、かえって坂下の恐怖心を煽った。
「冷たいかもしれないけど、ちょっとだけ我慢して。」
坂下の下肢が持ち上げ、とろりとした液体が塗り込められた。
濡れた感触が体の奥に触れる。
坂下は不快さに身体を捩ろうとしたが、弱弱しく頭を振るのが精一杯だった。
ローションのぬめりを借り、指が坂下の中に侵入する。
痛みはなかったが、その行為のおぞましさに、坂下は吐き気がした。
ぴちゃ、くちゅという音とともに、指が中をまさぐっている。
「やっぱり狭いな。それに、すごくきれいな色だ。うれしいよ。」
兄の表情は、持ち上げられた下半身に隠れて坂下からは見えない。
だが、弾んだ声から、愉しんでいるのが分かった。
痺れたような鈍い感覚に、指が2本、3本と増やされるのが分かった。
くちゃくちゃという水音に、坂下はいたたまれない気分だった。
「中、どんどん柔らかくなっていくよ。」
兄の笑いを含んだ声がねっとりと肌に絡みつく。
坂下の中をしばらく弄りまわした後、兄は指を引き抜くと、いったんベッドを降り、袋から何かを取り出した。
「少し拡張しておこう。このままじゃいきなりはきついだろうから。」
指よりも大きな圧迫感を伴いながら、兄の手にしていたものが挿入された。
無機質なそれを、坂下の粘膜がゆっくりと飲み込んでいった。
カチリとスイッチの入る音と同時に、細かい振動が坂下の下肢に伝わった。
「あ……」
体内で震え出す異物に、坂下は一瞬息を止める。
「痛かったら無理しないで言って。」
兄はゆっくりと抜き差しを繰り返す。
粘膜を刺激する異物の存在が徐々に大きくなる。
坂下は思わずシーツを握り締めた。
体の感覚がわずかばかり戻りつつあることに気づいた。
だがもはや坂下には抵抗する気力など残ってはいなかった。
丸裸の自分と、自分が受けている行為を思うと、逃げ出す気になどなれなかった。
こんな姿など、誰にも見られたくない。
力の入らない手で、弱弱しく拳を握る。
凍りつく心とは裏腹に、身体は刺激に応え始めていた。
埋められた玩具が、ある一点をかすめる。
「はぁっ…」
思わず息が漏れた。
「気持ちいい?前立腺だよ。」
兄が口元に微笑を浮かべながら、坂下の顔を覗き込む。
「そろそろ薬の効果が切れてくるころだけど、力んじゃだめだよ。全て俺に委ねさえすれば、何も心配はいらない。」
執拗にその場所を攻められ、坂下の性器は硬く勃ち上がっていた。
生理的な反応が恐怖と屈辱を上回っていることが、坂下には少しだけ滑稽だった。
「感じてくれてるんだ、うれしいな。すっかり大人になったんだね。ずっとこの日を待ちわびて いたんだ。」
爆発寸前の坂下のペニスを、兄は口に含んだ。
兄の熱い口腔が坂下の欲望をゆっくりと飲み込み、根元から先端へとしごきあげながら刺激を加える。
ぴちゃぴちゃと音を立て、舌で敏感な部分を見せつけるように舐めあげられた。
坂下はもはや何も考えられなかった。
羞恥心も自尊心も、本能の求める快感の前で砂のように脆く崩れ去った。
「ぅうっ、あぁ…あっ…」
煽られ続けた欲望がはじけ、急速に坂下の熱が引いてゆく。
ごくり音を立て、兄が喉の奥で坂下の劣情を嚥下した。
荒い吐息が、部屋に響いていた。
はぁ、はぁ、という息遣いが自分のものなのか兄のものなのか、坂下には分らなかった。
虚ろに見開いた坂下の瞳に、壁の時計が映った。
だが、秒針の動く音はその耳には聞こえなかった。
まるで時間が止まっているかのようだった。
朝など永久に来ないのだと、坂下は悟った。
「可愛いよ、ナオ。」
坂下の体からバイブレータを引き抜き、兄が唇を重ねてきた。
生臭い、苦いキス。
汚れた欲望の味だった。
「可愛くて、いやらしい。悪い子だね。おかげでこっちまでこんなだよ。」
兄は坂下の手を導き、すっかり硬くなった己の欲望を服の上から触れさせた。
「責任取って、俺のことも気持ちよくしてくれるよね。」
兄は服を全て脱ぎ捨てると、張りつめたペニスを坂下の顔に突きつけた。
坂下は自分をこれから犯す凶器をしばらく見つめ、静かに顔を背けた。
もう一度全ての感覚を麻痺させてしまいたかった。
身体も心も、何も感じたくなかった。
「口でしてくれないの?まあ、いいか。初めてじゃ恥ずかしがるのも無理ないからな。」
坂下の沈黙を兄は都合よく解釈したようだった。
「大丈夫だよ、すぐ慣れる。そしたらナオからおねだりするようになったりして。」
そのまま坂下の膝を持ち上げ、左右に割る。
「少し渇いてきたかな。」
ローションを注ぎ足し、坂下の中をゆっくりと掻きまわす。
「怖がらないで。息吐いて、力抜いて。挿れるよ。」
体がこじ開けられ、生々しさを伴った熱い塊が狭い粘膜を押し進む。
「あっ、あ、あぁ、や…、っ、はぁっ、うっ…」
バイブとは比べ物にならない質量が埋め込まれ、思わず声が漏れる。
内臓がせり上がってくるようだった。
「我慢しなくていいんだよ、ナオ。声もっと聞かせて、母さんが起きることはないから、ナオの 可愛い啼き声、聞かせてよ。」
坂下は下唇を噛みしめた。
「ね、分かる?ここで繋がってる。俺とナオ、ようやく一つになれたんだよ。俺のこと、受け入れてくれてうれしいよ。ナオの中、温かくてすごく気持ちいいよ。ああ、最高だ、俺、すぐいっちゃいそう。ナオも気持ちいい?いっぱい乱れた姿見せてくれ よ。」
錆びた鉄の味が口に広がる。
喘ぎ声を噛み殺すことだけが、坂下に出来る唯一の抵抗だった。
その後しばらく腫れの引かない唇を鏡で見るたびに、坂下は後悔したものだった。
あの時、いっそ舌を噛み切ってしまえばよかったのだ。
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