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第1話

 駅前の大通りを過ぎて細い路地を曲がり、街灯の少ない急な坂道を行く。すれ違う人はほとんどいない。  数年前までは革靴の踵をすり減らしながら毎日通い、今では年に一度往復するだけになってしまった道だ。ここまで来れば、今年も帰ってきたなという実感が湧く。  時計を確認すると、そろそろ紅白が始まる時間だった。自然と歩みが早足になる。吐く息が白い。  古い賃貸マンションの二階の角部屋。そこに明かりがついているのを外から確認して、思わずため息をついた。  まだ居たのかと拍子抜けする気持ちと、居てくれて良かったという安堵が入り交じる。  駐輪場には古ぼけたベスパも停まっている。旅に出る時に処分しようとしたが、あいつはバイクなど乗ったことのないくせに自分が引き取ると言い張ったのだ。  オートロックではない扉を開けて内階段を上がり、かじかんだ手でナップザックの中から鍵を探す。しばらく使っていなかったそれは、散々探してようやく最初に開けたはずのポケットから見つかった。ドアノブに差し込もうとした瞬間、ドアが開く。俺は慌ててチューハイのロング缶が詰まったコンビニ袋を落としそうになった。 「……おかえり、啓介」 「ただいま?」 「なんで疑問形なの?」 「いや、だってさ」 「まあいいからドア閉めてよ。寒い」  ザックを降ろしてよれよれのジャケットを脱ぐ。懐かしいような不思議な気分で部屋の中を見回したが、何も変わっていない。近くのホームセンターで買った丈の微妙に短いカーテンも、狭いLDKの大半を占めているコタツもそのままだ。  大きな鍋がコンロにかかっていて、カツオ出汁の匂いが漂っている。年越し蕎麦のツユだろう。ぐうっと腹がなった。 「蕎麦、俺の分ある?」 「何で?」 「いや、今日帰るって連絡しなかったから」 「そんなの毎年のことだし、啓介の分のお蕎麦を作らなかったことなんかないじゃないか」  祥太はそう言って笑った。 「そうだ。これ、おみやげ」 「?」  保冷袋に入ったそれを取り出して手渡すと、祥太は怪訝な顔をした。 「かにめん。奮発して買ってきた」  小振りの蟹の甲羅に蟹肉入りのすり身を詰めたもので、俺が昨日まで居た地方ではポピュラーなおでんダネらしい。 「お前蟹好きだし、いつも年越ん時おでん作るだろ?」 「覚えてたんだ……ありがとう」 「毎年のことだからな」 「ふふふ」  缶チューハイを一本取り出し、残りは袋ごと冷蔵庫に突っ込む。コタツにもぐり込んでテレビをつけ、チューハイを開ける。アイドルグループの下手くそな歌や踊りを眺めていると、祥太が温かい蕎麦を運んできた。まだ味の染みていないおでんの練り物といっしょに、たっぷり七味をふりかけて食う。 「どうだった?」 「何が」 「旅…というか放浪?」 「どうもこうもないよ」  俺は2本目の酒を缶のまま飲み干してから答える。  金があればサウナ、逆に全く金が無い時はそこらへんの男をつかまえて身体を自由にさせ、寝る場所や金を得た。運のいい時は寺や駐在所、消防団の詰所なんかに泊めてもらえることもあったが、そんな職業のくせにろくでもない奴も多かった。 「何回か痛い目見たけど。まあ、平気だったぞ」  野宿してる時に悪戯されることもあったが、殺さないだけマシだ。そこらへんは放浪者(パッカー)の宿命と思って諦めている。 「………そんなことを聞いてるんじゃないんだけど」 「お前はどうなんだよ」  祥太の年上の彼氏のことを、やや不快な気分で思い出す。既婚者のくせに、祥太とずるずる付き合っている男。 「彼氏とは正月会わないのか?」  家族持ちだということを知ってて敢えて聞いてみる。 「5日まで実家だって」 「そうか」  しばらく会わないと聞いて、少しほっとした。 「上手くいってんだろ?」 「まあね」 「何だよ、喧嘩でもしたのか」  正直あの男のことなんかどうでも良かったが、祥太の顔が少し曇ったのが気になった。 「あの人、奥さんと別れたんだって」 「そうか………おめでとさん」  その割に全然嬉しそうな顔をしていないが。 「これからは、そいつと一緒に居られるようになるんだろ?」 「どうかな…」  それ以上追求しても仕方ないので、3本目の缶が空になったのを機に、祥太を放っといて風呂に入ることにした。  風呂上がりに勝手に洗濯機を回し、ついでにヒゲを剃ろうとした時、見慣れないシェービングフォームのボトルが目についた。 「?」  祥太はひげが薄いから、電気シェーバーで軽くなぞるだけで、こんなものは使ってないはず。ちなみに俺は石鹸派だ。  気になって洗面台の戸棚を開けてみると、使いかけらしい歯ブラシとコップがしまわれていた。 「……そういうことかよ」  過去の記憶がちくりと胸を刺す。祥太の男…かつて俺から祥太を寝取った張本人。  それに飽き足らず、俺が唯一戻ることができる場所をこうやって奪おうと言うのか。  熱めの風呂に入っていたせいか、酔いが回ってぐらぐらする。  祥太が出してくれたスエットを無視して、自分の荷物が入っているダンボールを押し入れから引っ張り出し、古いジーンズを履く。 「何、どうしたの?」 「……帰る」 「帰るって、そんな。ここが君の家じゃないか」  細かいことはどうでもいい。今すぐここを出てくってことに違いはない。  幸い、今日は大晦日で電車も終夜運転だし、ここまでの電車代の残りでサウナに行けるぐらいの金はある。 「俺の家だって言うんなら、なんで男連れ込むんだよ」 「………」 「別に、好きにすりゃいいけどさ。家賃払ってんのお前だし、俺はどうせ年に一回しか帰って来ねえから」 「連れ込んだのは事実だけど、君を追い出すつもりなんかないよ。ここが君の部屋だってことは、彼も知ってるし」  ここはもともと俺が住んでいた部屋だ。祥太は数年前に多重債務を負って住むところがなくなって以来、ずっとこの家に居着いている。祥太が借金を返済し終わったのとほぼ同時期に俺が仕事を辞めて旅に出るようになってからも、家賃を代わりに払って住み続けているのだ。祥太に彼氏ができてからもそれは変わらず、俺の金が尽きた時には、時々送金もしてくれている。  俺は住所をここに置いているため、祥太が出て行くとなるとちょっと面倒なことになるが、今はそんなことを考えたくはなかった。  吐き気がこみ上げるのを無理して飲み込んだ。 「とにかく、ちょっと頭冷やしてくるわ」 「待って!」  羽織ろうとしたジャケットを引っ張られ、動きが止まる。 「離せよ…っ!」  祥太を振りほどこうとしたところ腕を掴まれ、思いっきり引倒された。 「!!!」  そうだ。こいつはヒョロっとした見た目のくせに、けっこう力が強いんだった。その上、優しそうに見えて喧嘩っ早い。俺は暴力を振るわれたことはないが、外で殴り合いになりかけた祥太を止めたことは何度かある。 「うう……」  とっさに受け身は取ったが、床に尻から着地した衝撃と酔いのせいで目が回る。 「君は、いつもそうだね」 「えぇ、」 「僕の話なんか聞かないで、ひとの気持ち無視して、勝手に出てって帰ってきやしない」  怒りに目を輝かせながら、祥太は俺に馬乗りになり、胸ぐらを掴んで締め上げてくる。 「祥太、ちょっ、」 「それが何さ、一人前に嫉妬はするのか」 「おちつ…け…」  嫉妬なんかしていないと言おうとしたが、そのまま揺さぶられて俺の胃は限界を迎えた。 「うっ……げえぇぇ………」  床を転がるようにして慌てて祥太の身体の下から避けるが、間に合わなかった。  トイレで吐く俺に、床を掃除し終わった祥太が呆れたように声をかける。 「君ほんと酒に弱いんだね。そんなになるなら飲むのやめれば良いのに」 「うっさい」  祥太と一緒に暮らすようになったのも、俺が酔い潰れていたところを介抱されたのがきっかけだ。動じる様子もなく水を飲ませて背中をさすってくれ、嫌がりもしないで吐瀉物を片付ける姿に優しさと頼もしさを感じてしまったのだ。職業柄身につけた手際だったことは後で知った。 「旅先じゃほとんど飲んでねえし」 「本当に?」 「酔っ払ったら野宿すんのに危ねえだろ」  ここに帰ってきた安心感でついペースが上がってしまったのだ。祥太の前ではどんな醜態を晒しても許されると思ってしまっていた自分がいるのに、それは幻想だったらしい。  もう一度シャワーを浴びてスウェットに着替えた俺は、小ざっぱりした気分で祥太の向かいに胡座をかいた。 「で、さっきの話だけどさ」 「何? 君がイタリア行くって出ていったけどほんとは北海道にいた時の話?」 「うっ!」 「歩いて青函トンネル渡ろうとして捕まりそうになったんだっけ」 「そんな昔のことを……」 「それとも、キャンプ禁止のどこかの島で野宿しようとして揉めた時のことかな」 「金なくて宿に泊まれなかったんだよ」 「文無しで警察に保護されてたって連絡あった時はどうしようかと思ったよ」 「………悪かったと思ってる」  祥太には散々迷惑をかけている自覚はある。 「ほんとに悪いと思ってるの?」 「ああ。ごめん」 「そうやっていつも口先ばっかりで」  こんな俺を祥太が見限るのは仕方ない。 「お前の好きにしていい」 「……僕の好きに?」 「殴るなり蹴るなり好きにしろ」 「君にそんなことしないよ。でも、本当にいいの?」 「ああ。んで、気が済んだらこのままここに住み続けても、あの男の所に行ってもいいよ」 「そういう意味じゃなくて」 「?」  その時、付けっぱなしだったテレビから除夜の鐘の音が聞こえてきた。 「あ、ほら…もうすぐ年が明けるよ」 「それが、今のこの状態と何か関係あるのか」 「姫初めしよう」 「!」  ここ数年、年越しにこの部屋に帰って来る度、姫初めと称して祥太を抱いている。もう勃たないというとこまでヤりまくってから、俺は再び旅に出るのが常だった。 「今回は、僕が啓介を好きにして良いんでしょ?」  祥太は俺を組み伏せて馬乗りになり、俺の頭を抱えて撫で回しながら頬にキスしてくる。  おかしな雲行きだぞ。 「意味が、っ…違うってば、よ」  祥太は俺をしっかり押さえつけたまま、テレビの電源を消した。コタツを押しのけ、二人で横になれるだけのスペースを作る。 「啓介…ずっとこうしたかった……」  背中の下に手を差し込まれて、スウェットを脱がされる。  なんだか手慣れてないか? 「お前、もしかしてタチもいけるのか?」 「もともと僕はタチなんだ」 「はあ?」  これまで祥太と寝る時に、俺が抱かれる側になったことなどない。 「啓介だけだよ」  ということは、あの男はウケだって事か…あんな堅そうな見た目で?  疑問符が次々と湧いてくる。 「君以外に抱かれるなんて、冗談じゃないからね」 「それって、俺を…好きだってことか?」 「好きだよ…初めて会った時からずっと」  それは思いもよらぬ告白だった。 「この部屋で君を待ち続ける理由なんて、それ以外に無いだろう?」 「あの男の、ことはっ…」  先ほどの歯ブラシとコップのことがよぎる。 「寂しかったんだよ…お互いに。君はほとんど帰ってこないし。でも、僕が好きなのは啓介だから、彼に本気になられても無理だって思ってたし、彼にも奥さんが居たからね」 「ふ、勝手な奴っ…」 「君のせいだよ」  そう言って祥太は俺の口を柔らかい唇で塞いだ。  祥太がローションとコンドームを準備する間に逃げることも出来たかもしれないが、俺はそうはしなかった。  横向きで背中から抱えられるような姿勢になる。ゴム手袋をはめた祥太の指が、俺の尻穴にゆっくりと侵入してきた。 「ここ、一年の間にいったいどんだけの男にヤらせたの?」 「……っ、」 「言えよ」  タチをやると決まったら、言葉遣いまで乱暴になってしまったみたいだ。 「んーと、十人……くらい…?」 「ほんとに君は見境ないなあ」 「仕方ないじゃないか…金無かったし、好きで掘られたんじゃ…ねえ、よ」  俺の反論に、祥太はため息をついた。 「君は、身体に分からせなきゃ駄目なのかもね」  前立腺の裏側を指で押さえられれば尿意に似た感覚がこみ上げ、思わず呻く。 「や、止め…て、くっ」 「こっちもこんなに立ち上がってて、エッチだ」  空いている片手が、俺の胸の先端を弄る。 「寒いからだ…よっ」 「そうかな?」 「そこ、やっ、んふぅ……んん」  先端をくりくりと押しつぶされるように嬲られて、自分でも信じられないくらい甘ったれた声が漏れてしまう。 「可愛いよ」 「う、うぅ」  指を抜いた祥太は俺の前に回り込み、俺は仰向けにされた。  左右の乳首に交互に舌を這わされ、ぬるっとした感触に思わず鼻にかかった吐息が漏れる。 「ん、はあ……ぁ……」  ちゅぽっと口を離されて唾液の糸がつながるのをぼんやり眺めていたら、こちらを見た祥太と目が合う。その色気のある表情に背中がゾクゾクした。 「君は後ろ使うの慣れてるみたいだから、もう挿れて平気だね」 「慣れてなんか、ねえ…よ」  背後から抱えられて熱い塊をぐっと押し付けられ、いよいよだと俺は身構えた。 「んっ……」  ずぶりと侵入してくるそれの異物感は、これまでに散々したことのある行為であっても、冷や汗が出るようだ。 「あっ、く、うあ!」  祥太のそれは、あまり太くない代わりに長くて硬い。 「もうちょっとだから…」  先端の部分が通過したのか、フッと楽になった。 「…啓介のなか、気持ちいい」 「入ったのか…全部?」 「ううん、半分だけ」 「うそだろ……」  これ以上は進めないと言う部分に当たっているはずだ。 「もっと深くしていい?」 「やだ、むりっ」 「ゆっくりしてあげるから、大丈夫だよ」  ゴムと粘膜が擦れて、いやらしい音を立てている。結合部が熱い。  抜き差しされるたびに呻き声を上げてしまいそうになるのを必死で堪える。 「うぅ…く、んんっ」 「我慢しないで、声だして」 「あぁ、ふっう、あっ、あああ……」  祥太が腰を引いたので、圧迫感が少し楽になる。 「こっちの方がいいかな?」  背中を反らして尻を突き出すと角度が変わり、祥太の先端が俺の内壁の中ほどを抉るような体勢になった。 「…あ、あっ…これやばいっ」  じわじわと下半身に熱が溜まっていく。 「なんか、俺、へん…」 「変じゃないよ、啓介も気持ち良くなって」 「ん、っ……こっちだけじゃ、イけねえよ……酔いも残ってるし……なあ、前もして」 「駄目、後ろだけでイってみて」 「無理…だよ」  動きが少しずつ激しくなり、焦れるような感覚が高まっていく。 「…俺っ、こっちでイったことない…し、さ」 「エッチで見境ない啓介だから、そんなのどうだか分からないよね」 「っ、しょうたぁ…いじわるするなよ……たのむ」 「………」  ふと祥太の動きが止まった。まさかこのまま生殺しか? 「……じゃあ、僕のこと好きって言ってくれたら良いよ」  祥太の口から出たのは、意外な要求だった。  そんな単純なことで良いのか。そう言えば、成り行きで一緒に住み始めて、全然俺から好きだとか愛してるとか言ったことなかったかも。 「ねえ、啓介。今だけでいいから、好きだって言って」  祥太はそんな言葉を俺から聞きたかったのだろうか?  なんか可愛い。こんな体勢で繋がってて思うのも可笑しいが、いじらしいじゃないか。   「すきだよ」  俺は胸に込み上げてきた気持ちを、そのまま口にする。 「好き、好きだ、お前のことすげえ好き」 「ほんと?」 「ああ、エッチすんのも好きだし、こんなことされなくても、祥太が大好きだって」 「啓介、うれしい……」  顔だけで祥太の方を振り向くと、半泣きで笑っていた。  その顔、やばい。可愛すぎ。    今度は俺が下で祥太と向かい合わせの体勢になる。膝を持ち上げられて、ゆっくりと挿入された。慣れない姿勢での結合は、かなり恥ずかしい。  祥太に真剣な顔で見つめられると、無性に目を逸らしたくなる。 「気持ちいい?」 「んぁ、ん、」 「……けいすけ、僕も啓介が好きだよ」  祥太は約束通り俺のそこをローションでぬるぬるした手で扱きながら、俺の好い所をゆるく穿ってくる。 「ん、いぃっ、そこ、いっ」 「僕も、いい…啓介っ」  祥太は熱っぽい瞳で俺を見つめ、何度も俺の名を呼び、好きだと口にする。 「啓介、好き、すき……けいすけ、」 「あ、祥太、いっ、いぃ、もう…いく!」 「ん……」  祥太の手で俺が達した瞬間、深く突き入れられた。  薄いゴム越しに、祥太も俺の中に放ったのだろう。何度か擦り付けるように腰が動き、やがて止まった。 「……よかったよ」 「ん、俺も」  俺と繋がったまま脱力している祥太を抱いて頭を撫でてやる。祥太が顔を上げたので、何度も軽く唇を合わせた。 「あ、日付変わってる」 「あけましておめでとう、だね」 「ん、おめでと」  しっかりと抱き合ったまま新年の挨拶をするのは、なんだか妙な気分だ。 「……さっきの言葉、本気?」 「うん?」 「僕のこと好きって」 「ああ」  祥太は俺のことが好きらしい。俺の方だって勝手に逃げ出したくせに、祥太のことをまだ思い切れてなかったんだと、今さらながら気付いてしまった。  やっぱり、このまま年に一度の姫初めだけの関係ってわけにはいかないんだろうな。  下半身の処理を簡単にしてから、再び横になって抱き合う。 「なあ、これからどうするんだ」 「裏の神社に初詣に行ったら、三が日の間は部屋から出ないよ。僕の仕事4日からだし。毎年のことでしょ」 「その先のことだよ」 「……どうもしない」 「どうもしないって、」 「僕はここを出て行くつもりないし、啓介がまた旅に出るって言うなら引き止めない」  結局今までと同じだってことか?  だが、あの男は晴れて自由の身になって、いつでも祥太に会えるようになってしまった。俺の方が圧倒的に形勢不利だ。 「……俺が放浪するのやめりゃ、お前はあの男と別れるのか?」 「さあ、どうだろうね?」 「何でだよ」 「奥さんと離婚しちゃったし、ここの家賃出してくれてるの彼だし、すぐに別れるの無理じゃないかな」 「お前、そんなことまであの男にさせてんのか」 「彼はお金持ってるもん」  たしかに、あの男は有名企業の役員らしいし、それぐらい端金なんだろう。 「だからってなあ」 「仕方ないでしょ。僕もあんまりお金ないし、時々君に送金しなきゃいけなかったから」 「………」 「ただ、君がちゃんと毎日この家に帰ってくるようになったら、彼と会ってる暇なんてなくなるよね」 「そういう問題か?」 「心配しなくても、僕が一番好きなのは祥太だし、祥太以外には抱かれないよ」 「お前……」 「何?」  祥太が俺を抱く腕に力がこもったので、俺はその先の言葉が出なくなった。 「さ、シャワー浴びて初詣に出かけようか」 「尻痛くって、動けねえ。ちょっと待って…」  ムードが無いなあと言いながらも、祥太はクッションを俺の腰にあてて楽な姿勢をとらせてくれた。  祥太と抱き合ったままコタツに足だけ突っ込んでしばらくうとうとし、空が白み始める頃に目が覚めた。部屋から出るのは億劫だったが、祥太に促されて渋々服を着て出かける支度をする。 「めんどくせ」 「駄目だよ、恒例行事なんだから」  うちのすぐ裏の神社は、それなりに賑わっていた。俺はお賽銭を投げて柏手を打ち、頭を下げる。  しまった。願い事を何にも考えてない。ちらりと隣を見ると、祥太が熱心に願い事をしている姿が目に入る。その少し憂いを含んだような横顔に、俺の願いも自ずと決まった。  __俺と祥太が落ち着くところに落ち着いて、全て丸く収まりますように__  それにはまず俺の放浪癖をなんとかして仕事も真面目に探さないとな。あの男のことだって、部屋に何度も上がり込まれてて家賃まで払わせてるんなら、簡単には追い払えそうにない。  いっそ別の部屋を借りて住所移すか。いや、そんな金がどこにある?  考えれば考えるほど、無理難題に思えてきた。 「あー……やっぱ無理かも」 「何か言った?」  振り向いた祥太はにこやかな表情だが目が笑ってなかった。 「いや、その…」 「何が無理なのかな?」  低い声で咎められて、冷や汗が出るようだ。 「まさかお前、俺の思考読める?」 「そんなわけないでしょ。ただ、新年早々ネガティブなこと考えてるんだろうなって思っただけ」 「正解」 「まったく、もう」  それから、おみくじを引いてお互いに見せ合う。 「みてみて。大吉! 学業必ず上手くいくだって」 「はは、いまさらだな」 「啓介のも見せて」  渋々紙片を広げて祥太の方に差し出す。 「末吉…微妙だね。書いてある言葉はえ〜っと『享楽に溺れて夫子を捨てるな』……って、夫子って誰? 君、まさか隠し子が居るの?」  再び睨まれ、俺は慌てて釈明する。 「そんなわけないだろ!」  二人であれこれはしゃぎながら、おみくじを折り畳んで木の枝に結びつけた。  巫女さんから甘酒をもらって一息つく。 「帰ろうか」  神社を離れてしばらくして、人けの少なくなった道を二人並んで歩く。 「うちに戻ったら、おでん食べようね」 「ああ。かにめんも入れてな」  部屋に戻った頃には、すっかり夜が明けていた。 *** 「さあ、姫初めしよう!」 「今朝もしたじゃねえか」 「挿れた時はまだ日付変わってなかったから、ノーカウントだよ」 「………」 「今度は君が上でいいから」

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