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+月ノ夜本編+【告白】
やけに月が明るい夜だった。
――――……ピンと張りつめた空気は、冷たいを通り越して、痛い位。
今日は、すごく、冷える。
◇ ◇ ◇ ◇
もうすぐクリスマス。
色とりどりのネオンで、世界はとても明るい。
恋人同士の姿をいつもよりも多く目にする。
今夜は、|久坂 涼介《くさか りょうすけ》と2人で、食事に行った。
少し都会に出て、イルミネーションを眺めながら歩いて、他愛もない話をして。
暮らしている街に戻ってきた。
オレ、|成瀬瑞希《なるせ みずき》のマンションと、涼介のマンションは、徒歩で5分弱。
駅から歩くと先に着く、オレのマンションの前で、いつも別れる。
いつもならさらりと「じゃあな」で別れるのだけれど、今日は違った。
涼介に、こっちに来て、と言われるままに、奥に進む。
マンションの出入り口を通り過ぎた、少し奥まったスペース。
昼間はここでたくさんの子供達が遊んでいるけれど、夜に、ここまで来る人はほとんど居ない。
淡いライトが照らし出す、静かな空間だった。
涼介がそこで立ち止まり、自然とオレも足を止めた。
ゆっくりと、涼介が振り返って、オレを見つめる。
「――――……涼介?」
――――……最近ずっと、何かを言いたげなのは分かっていた。
でも涼介から言うまでは、聞く必要もない。
必要だったら、必ず言ってくる。
そう思ったから、それには触れずに、普通の話をして時を過ごしていた。
今日、大学の帰りに、2人きりの食事に誘われたから、いよいよ話すのかと思ったら、食事中も少し上の空。結局、特別な事は何も話さず、店を出て。
そして、ここまで来ても、なかなか話し出さない。
こんなのは、相当、珍しい。
何かあっただろうかと、最近あった出来事を振り返って考えてしまう。
何もなかった、気がする。けれど。
――――……。
空気が冷たい。
……寒い。
「涼介、話があるならとりあえず部屋入ろう? ここ、すげえ寒いし」
言いながら、マンションの入り口に進みかけた時。腕を掴まれて、引き戻された。
「な、に? どした?」
びっくりして、涼介を振り返る。
すぐに腕は離されたけれど動けなくて、ただ至近距離から、涼介の整った顔を見つめる。
すると、涼介が少しだけ視線を逸らした。
ますます怪訝な顔をして、涼介を見つめてしまうオレに、涼介は視線を戻すと、ゆっくりと口を開いた。
「部屋は…… 今日は行きたないんや」
「……? 何で?」
「――――……どうやって帰ったらええか分からんから」
「………??」
どうやって帰ったら良いか??
……何……?
――――……何が言いたいのか、分からない。
「マジで、寒いし――――……いいじゃん、ゆっくり、部屋で聞くよ?」
そう言ってみるけれど、涼介は、「ここで話す」と、頑なで。
オレは、分かった、と頷いて。涼介を見つめた。
涼介はいったん口をつぐんで。
それから、ゆっくりと、言葉を口にした。
「……オレを……恋愛対象として、見てくれへんか?」
「――――………え……?」
この台詞を言われて。言葉の意味を理解した瞬間。
頭は、真っ白になった。
「――――……」
頭にある言葉を、口に出せない、というのではない。
頭に何も。 どんな言葉も。 浮かんですらこない。
冷たい空気すら、感じなくなった。
それから。かなり長い間、固まった挙げ句。
やっとの事で思考が少しだけ復活したオレは。
冗談だろうと笑い飛ばそうとして、涼介を見つめ返した瞬間――――……。
激しく後悔して、口を噤んだ。
――――……冗談で言っている訳じゃない事が、その瞳を見て分かってしまったから。
顔を見ずに笑い飛ばせば良かった。
現実逃避で、そんな事を思ってしまったけれど、
そもそも、そんな事ができるはずもない。
「……今、瑞希がオレの事、そんな風に見てへん事は百も承知や」
「――――……」
ただただ、涼介の顔をまっすぐに見つめて。
オレは、何も言えずに、黙っていた。
「この先も。このままいったら、瑞希にとってのオレが友達でしかないんやて事も……分かっとる」
「――――……」
何を言っているのか。
――――……理解は、しているつもりなのだけれど。
何と答えるべきか、分からない。
「……瑞希が、男をそんな風に見てへんのも、よう分かっとる」
「……」
本気で、どうしたら良いのか分からない。 何も、言葉にならない。
『男をそんな風に見るか見ないか』
そんな事。敢えて考えた事すら、ない。
自分にとって、男を恋愛の対象としない、なんて、そんなの考えるまでもない程の、当然の事で。
涼介は、呆然としているオレに気付くと。 苦笑を浮かべた。
「……堪忍な。でももう、誤魔化せへんなぁて、ほんまに思て。……誤魔化して一緒に居られへん位、お前が好きなんや。……だから、言う事にした」
「――――……涼介……」
今って。……夢じゃなくて、現実だよな?
何だか、ものすごく現実感が、無さ過ぎて。
「お前に言わなかったら、万に一つの可能性もあらへんやろ。 まあ……オレの気持ちを言うても、そんな可能性、ほとんどないのも分かっとるんやけど……」
声や口調は、いつもと変わらない。
別に大した事ではないような、いつも通りの涼介の声。
けれど、視線が、いつもとは違う。
まっすぐに。
一瞬も逸らされる事のない、視線。
「――――……オレは、お前の事が、好きや」
揺るぎのない、まっすぐな、言葉。
――――……嘘だ、とか。 冗談だろ、とか。 否定の言葉は、いっさい出せなかった。
本気なのは、分かった。
真剣に、涼介が、好きだと告げているのは、分かった。
「――――……瑞希、何か、言うて?」
一体どれだけの間、ひとつの言葉も返せずに、涼介をただ見つめていたのか。
喉がからからに乾いていて、声が出ない。
「あ……え……」
何も、言う言葉が出てこない。
それだけ言ってまた黙ったオレに、涼介は苦笑いを浮かべた。
「……オレ、本気やから。 ――――……考えてくれへん?」
「――――……」
「オレを、恋愛対象として、見てくれるかどうか…… 見れるかどうか、って事を。
返事は……待つから」
「――――……」
「考えてもろて、ええ?」
とりあえず、今は、とても返せる気がしない。
「考える」という時間をくれる、みたいなので、もう、それを受け入れるしか、今のオレにできることは無かった。
辛うじて頷くと、涼介は ふ、といつも通りの笑顔を見せた。
「とりあえず今日は、これで帰るわ。 明日、ガッコ行く時、迎えに来るつもりやけど…… それは来てもええ?」
「あ ……う、ん……」
駅までの道すがら、迎えに来るのはいつも通りの事。
だけど、明日、いつも通り接する事が出来るか不安で、少し戸惑いながら返事をすると。
「……堪忍な、驚かして。 ……もし、オレと行きたくなかったらそう連絡してや。
明日は迎えに来ぇへんから」
「……あ……うん、分かった」
かろうじて、何とか返事を返す。
「そんじゃな、瑞希」
いつも通りの笑顔で。
涼介は、立ち去っていった。
「――――……」
その後ろ姿を、動けずに、見送った。
振り返らずに。
涼介は、見えなくなった。
「――――……」
……好き。
――――……好き? 恋愛……?
「……どうしよ――――……」
はあ、と詰めていた息を、ゆっくりと吐きだした。
「――――……」
ぽりぽり、と後頭部を掻いて。
またため息をついた。
「寒む……」
今の今まで、寒さすらも忘れていた。
急に、感覚が戻った。
とにかく、部屋、帰ろ……。
オレは、マンションの入り口に向かって、ゆっくりゆっくりと、歩き出した。
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