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+月ノ夜本編+【切ない】

 翌朝。  迎えに来るな、なんて連絡を入れられる筈もなく、結局いつもの時間。  マンションの入り口で待っていると、涼介が迎えにやってきた。 「はよ、瑞希」 「ん……おはよ」 「――――……迎えに来て良かったん?」 「……ぅん」  涼介とまっすぐに目を合わせられず、ひたすら困っていると。 「――――……」  涼介にクスッと笑われた気がして、オレは不思議そうに涼介を見上げた。  すると、涼介は、優しい顔で笑っていた。  いつも通りの笑顔で。  ――――……少し、ホッとする。 「……あんま寝とらんやろ?」 「んな事、ねえけど……」 「くま。できとるし」  クスクス笑われて、む、と口を引き結ぶ。  眠れる訳、ねえだろ。  昨日は混乱しすぎてて、頭が睡眠モードに入ってくれなかった。 「……歩こぉや、瑞希」  そう言われて。 マンションの前に立ちつくしていた事に気付く。   歩き出した涼介に続いて、オレも歩き出した。  2人でいつも並んで歩いてる、駅までの道のり。  普段何を話して歩いていたか、考えてしまう位。 会話が思いつかない。  いつもはあんなに楽しく、色々話して歩いていたのに。 「瑞希……」  静かな声に、思わず無言で、隣の涼介を見上げる。 「――――……答えは待つけど…… 昨日、オレの言うた事、考えてはくれた?」  涼介が、まっすぐオレを見るので。  自然とまた足が止まってしまった。 「……考えたけど……」 「けど?」 「……よく分かんなくてさ」 「何が? ……めっちゃ分かりやすいやろが」 「……そうかな?」 「そや――――……」  そこで一旦涼介は言葉を止めて。周りに誰も居ない事を確認してから。 「オレがお前を好きや、てだけや。こんな事言うたらあれやけど……」 「――――……?」 「お前が女やったら、昨日結婚申し込んでると、思う位やから――――……」 「――――……  ……分かるような…… 逆に、より分からなくなったような……。  オレは困ってしまって。涼介を見上げた。 「……そうなんだよ、な」 「……ん?」 「……今お前、言ったけど……オレ、女じゃねえんだよ。男、だろ、オレ」 「ああ。せやから、結婚はさすがに申し込めなかったんやけど」 「……」  ……えーと……なんか違う。  そうじゃなくて……??……ちょっと待って……。  ……なんか、オレは今、そういう話をしている訳ではないような……。  論点がずれてるような気がするけど、一体どこまで戻せばいいのかすら、分からない。 「……まあええわ……」 「ん?」 「考えてはくれとるんやな?」 「……うん」  当たり前だろ。  お前が考えてくれって言ったんじゃねーか。  考えるしか、ないじゃんか。 「ほしたら。 答え、出たら教えて」 「……」  出るんだろうか、答えなんて。  ……こんな混乱した、自分の思考、初めてだと思う位、ヒドイんだけど……。 「な?」  涼介は、こんなとんでもないことをオレに言ってるとは思えない位。  いつも通りの笑みを浮かべて。  オレを見つめた。  男なのに、男に愛の告白。  そんな、一応世間ではタブーだと思うような、事。  それをこんなに。後ろめたさの微塵も感じさせないくらいはっきりと。きっぱりと。  ――――……こんな風に言える奴、他に居るんだろうか……。  やっぱり流石だ……。  などと、よく分からない褒め言葉で、涼介を心の中で賞賛した後。  オレは、分かった、と頷いた。 ◇ ◇ ◇ ◇  その話が済んでからは、涼介はまったくいつも通り。  オレに対しても。……まあ勿論、学校の皆に対しても。とにかく、完全に、いつも通り。  女の子が寄ってきて。楽しそうに話しているのも、それもいつも通り。  たった今も。トイレに行ってた涼介は、戻ってきてそのドアの所で女の子達に囲まれて、笑っている。というか、笑わせている、というのか。とにかく、楽しそうに、見える。  そうだよ……。  あいつは、女の子。好きだった、ような気が、やっぱりするんだけどな……。 「瑞希。 なんか、今日すげえぼーっとしてない?」 「確かに。全然しゃべんねーじゃん」  前に座っていた友人達に話しかけられて、「んなことないけど……」と苦笑い。 「……寝不足でさー…… 今すっげー眠くて」  ……うん。これは嘘じゃない。  言うと、何してたんだ?などとからかわれるが、それきりまたぼんやりし始めたオレを、皆は放置する事に決めたらしく。皆は好きに話し始めたが、その会話は何も耳に入ってこない。  ……そう。 涼介は、いつも通りなのに。  こっちが、いつも通りじゃない。  なんか、おかしくねえ?  そうは思うのだけれども。 自然と、涼介を目で追いかけてしまう。  ……ホントに、あまりにいつも通りで。  女の子達と、楽しそうに笑っているのを見ていると、また、頭には 「?」マーク。  ……好きって…… 言われた、よな、オレ……。  朝も話したし…… 夢では、ないと思うのだけれど……。  あいつって…… やっぱり、女の子……好き、だったよな??  実際、モテるし。  ……男のオレに、好きだなんて…………やっぱり 何のつもりなのか、よく分からない。  始業のベルが鳴ると、涼介がオレの隣の席に戻ってきた。 「……お前ってさぁ……」 「ん?」 「……ほんと、モテるよなぁ……」  なんだかしみじみ言ってしまうと。 涼介は途端に、ムッとした。  あんまり見た事ない感じの涼介に、ん?と、少し焦る。  何か聞く前に、教授が教室に入ってきてしまい、余計に焦った。 「……涼介??」 「――――……」  頬杖を付いていた手を外して、涼介を覗き込み、こっそりと涼介に呼びかける。すると。怒った顔のまんま。  涼介はペンを取りだして。オレとの間に紙を置き、何かを書き始めた。 『嫌がらせ?』 「――――……え……」  嫌がらせ? 嫌がらせって……?  意味が分からなくて、何をしただろうと首を傾げていると。 『なんでわざわざモテるとか言うねや』 「……」  いや……だって、見てたらしみじみ思ったんだよ。  何でって……  なにを、怒ってんだ……???  眉を顰めて、涼介を見つめていると。また何か書き始めるので、それを覗き込む。 『迷惑やから、女のとこ行けて言うとんの?』  え。  ……いや、そんなこと、何も考えてなかったし……。 『遠回しに言わんと、はっきり言うても』  その涼介のペンを掴んで止め、奪うと。  オレは、ペンを持って、書き始める。 『そんなつもりなかった。 ただ見てたら、ほんとにしみじみ思っただけ』  書いてから、涼介を見上げる。と。 少しだけ険が取れた気がして。  『オレ、考えるって言ったじゃんか。遠回しにそんなことしない』  そう書くと。 涼介は、ふ、と息を付いて。今度は、優しい仕草でオレからペンを取った。 『……堪忍』  ほっとして、頷いて。 オレも、息を付いた。  その後。  涼介もオレも。筆談を止めてすぐに講義を聞き始めたけれど。  授業に身が入る筈もなく。  結局一日、何をしに学校に行っていたんだか、分からなくなる位。  オレには、その事しか考える事が出来なかった。 ◇ ◇ ◇ ◇  今日は最後のゼミが長引いて遅くなってしまったので、夕飯を駅前で一緒に食べて、帰路についた。  普通の、会話。  ――――……本当に完全に、普通の、会話だった。  ともすれば。好きと言われた事を忘れてしまう位の。  だけど。  少しだけ――――……見つめてくる視線に、意味を感じる。  まっすぐに見つめてくる瞳に。  まるで何度も好きだと言われているみたいで。 だんだん、息が詰まってきた。  もしかしたら、涼介は何も変わっていないのかもしれない。見つめてくるのも今までと一緒な気もする。  視線に意味を感じるのは――――……。  自分が、意識してるからだとは、分かっているのだけれど。  オレのマンションの前に辿り着く。 「――――……また明日な」  普通に笑って、涼介が背を向けて、歩き出す。  一瞬呼びかけようとした言葉を何となく飲み込んで、マンションに入ろうとして。  ――――……だけどやっぱり、振り返って、涼介に呼びかけた。 「涼介」 「――――ん?」  振り返った涼介の向こうに、月。  青白い光が、涼介を照らした。 一瞬。その光景に、息を潜める。  ――――……なんだか知らない男のようで。   すぐに。 こっちに、来て欲しくなった。 「……涼介!」  零れ出た声は、自分でもびっくりするくらい、不必要に大きかった。 「何やあ??」  涼介が急ぎ足で近寄ってきて、オレの前で止まった。 「どしたん、瑞希?」 「……何でもない……けど……  コーヒー」 「え?」 「コーヒー…… 入れてくんねえ?」 「――――……」  自分でもよく分からない。  だけどなんだかこのまま離れるのは嫌で。  それに、多分このまま離れたら、昨日の二の舞。2日も眠れないのは、勘弁してほしい。 「……駄目か?」  聞くと。  涼介は、ふわ、と優しく微笑んだ。 「駄目な訳無いやろ?」  頭に手を置かれて、 くしゃ、と撫でられる。 「ええよ。うまいコーヒー、入れたる」 「――――……」  オレより先に歩き出して、マンションに入っていく涼介。 「――――……」  撫でられた所が――――……何でだか、くすぐったくて。  撫でられて乱れた髪をそっと直しながら、オレも、その後をついてゆっくりと、歩き出す。  もしも。  オレを好きだというお前に。  ――――……応えられなかったら。  ――――……オレ達って、どうなるんだ?  一瞬掠めた想いに。  何だか急に怖くなって。 「瑞希、早よ行こ?」 「あ…… うん」  笑顔の涼介の元へ、小走りに、近づく。  先程涼介を後ろから照らし出した月が、目に焼き付いて離れない。  ――――……キレイだった。  それは、神秘的な ほどに。  ほんの一瞬。  ――――……言いようのない 切なさに、襲われてしまった 程に。

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