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+月ノ夜本編+【キス】
「……涼介?」
「――――……お前、な?」
「ん?」
「……ほんまに試せて、言うてるん?」
「うん。……オレ、このままだとほんと想像つかねえし……実際してみて、すっげえ無理だったら、とりあえず逃げるからな。許せよな」
逃げるとか、ひどいこと、言ってるだろうか。
言いながら心配になったけれど、涼介は、そこには特別何の反応もなく。
ただ、オレを見つめ続けていた。
「………ほんまに、するん?」
しばらく後。涼介がぽつ、と呟いた。
「うん。そのかわり、オレがやっぱりありえないと思ったら……諦めろよ? それにお前だって試してみたくねえ? 実際したら嫌ってなるかもしんねえしさ。……してみてから考えても、良くねえ?」
オレが言い終えて、涼介の答えを待っていると。
その後、ずーーっと黙っていた涼介が、深く深く息をついて、前髪を掻き上げた。
「……オレ、本気でキスするで」
「……ん」
「悪いけど、オレからは絶対やめへんで。それに、オレは別に試す必要ないねんで?」
「……でもさ」
「オレの方は、試す必要ないんやて」
反論しようとしていたオレを遮って。
涼介は、なんだか少し強い口調で言った。
「瑞希が試したいんやろ、オレは試さなくても分かってる」
「……」
「試すなら、本気でするけどええんやな?」
「……うん。別に。 キスくらい、そんな大した事じゃ、ねえし……」
「――――…… ほんまに、本気でキスするで?」
「だから……良いって言ってんじゃんか」
頷くと、涼介はオレにゆっくりと近づく。
そっと頬に涼介が触れる。
見上げた、涼介の真剣な眼差しに、一瞬ちょっと怯んで。
「……な、なんか…… すげえ恥ずかしいかも」
「……」
「…… 目、つむったほうが、いい、よな?」
「――――……どっちでも、ええよ」
「……」
とりあえず。 近づくまで目を見開いてるのも、やっぱりおかしい。
それに、恥ずかしすぎて、とてもそんな、涼介の顔を直視なんか、していられる訳がない。
そうっと目を閉じて、数秒。
涼介がちょっとだけ、息をついたのが、分かった。
「――――……お前、最悪やな」
「え……」
ぽつん、と呟かれて。
目を開けようとした瞬間。もう直前に迫ってきていた涼介に、咄嗟にまた目を閉じた。
「……ぅん……ッ……」
その腕の中に抱え込まれるように肩を抱かれて、上向かされて。
唇が重なったと思ったら、息を付くまもなく、ディープキス。
舌が、歯列を割って、入り込んでくる。絡め取られて、刺激される。
「んん……ぅ……っ……」
息も。出来ない。
こんなキスを、されるとは思っていなかった。
ただ、触れるくらいのキスだけを勝手に想像していた。
少し藻掻くけれど、すっかり抱き込まれてしまっていて、身動きも満足にとれない。
動かそうとした手は掴まれて、ぴくりとも、動かせない。
「……ん、う……っ……」
奪われるキス、なんか。
――――……当たり前だけど、初めてで。
受けるキス、も。
――――…… 初めてで。
キスって、こんなものだっただろうか。
動けない。
手首を掴んでいた涼介の手は、いつの間にか離れていた。
気付いたけれど、動けなかった。
「……りょうすけ……っ……ちょ、ま……っ」
息が、上がる。
頭が、朦朧として、何も考えられない。
「――――……っンぅ……っ」
また、深く重なる、唇。
頭は、真っ白で。
何とかしないとと思うのに、何もできない。
「……ッ……ん……」
嫌、じゃなかった。
むしろ、気持ち、良くて、頭が真っ白で。
いつの間にやら。
すっかり、すっぽりと抱き込まれたオレは、深い深いキスに、ただ、応えるしか出来なかった。
絡む舌がぴちゃ、と音を立てて。
キス、してるんだなぁ……と、納得して。
「――――……ふ……」
唇が離れても。 動けなくて。
頬がする、と撫でられて――――……体が勝手に、びく、と震えた。
「……ッ……?」
ふわ、と涼介の髪の毛が顔に触れて。次の瞬間。
首筋に唇が押し当てられて――――……そのまま、少し噛まれた。
「……っ ……っぁ……」
瞬間、ぞくりとした感覚が背筋を駆け抜けて。
本当にもう、どうしようかと思った瞬間。
「――――……ッッ……!」
涼介が、がばっと顔を上げた気配。
恐る恐る、やっとの事で目を開くと。
「ッあかんわ、ほんま……」
オレから離れ、額に握ったこぶしを押し当てて、ぶつぶつ言ってる。
「……りょ……うすけ……?」
おそるおそる話しかけると、涼介はキッとオレを睨んだ。
「……っアホか、お前!!」
「え」
「……もっとちゃんと抵抗しろや!! 危なく勢いに任せてまうとこやんか!」
あかんあかん、とまたブツブツ呟きながら、涼介は立ち上がった。
「もお今日は帰るわ。……ほんま……嫌やってんなら、オレの事殴ってでも、どかせや……」
大きなため息。
テーブルに置いてあったスマホを持ち、ポケットに突っ込んでいる。
「……涼介、帰る、のか?」
「……このまま居ったら、今日はあかん。 帰る」
「あ、……うん、分かった……」
どうしたらいいか分からず。頷いたオレに、涼介は背中を向けたまま。
「明日、朝迎え来るけど……ええん?」
そう、聞いてきた。
「……うん」
頷くと。
涼介は、ふ、と振り返った。
「……おやすみ、瑞希」
「……うん」
小さく、頷く事しかできないオレに。
涼介は何とも言えない顔をしつつ。 玄関に向かって歩き出して。
靴を履く音。玄関が、開く音。「鍵、かけろや」という、涼介の声。
それから、扉が閉まって。
――――……静寂。
「っ……ッ」
鍵かけなきゃ、と思いながらも。
――――……立てない。
「………ッッ……」
どどどどどどどどどど、どうしよう。
男独特の、反応をしてる、自分。
「~~~……ッ……」
――――………すっげえ…… 反応、してるし。
涼介、気付かなかったの、かな……。
嫌なら抵抗しろ、と言ってた位だから……
多分、気付いてなかったんだろうな、と思いつつ。
何とか、落ち着こうと試みる。
背中を壁につけて、足を投げ出して座り――――……かなりしばらく混乱したまま時が過ぎて。
ようやく、体が落ち着いてから。
とりあえず玄関に鍵を掛けて。
それから、ほてったままの顔を冷まそうと、窓を開けた。
冷たい風が、部屋に流れ込んできた。
「――――……」
全然、嫌じゃなかったから、困る……。
ほんと、まじで、困る。
――――……キス位大した事ない、なんて。
……明日にでも撤回しよう。
大した事無い、触れる位のキスをされると思っていた自分がバカだったのか、いきなりあんなキスしてきたあいつに怒るとこなのか。
……でもそういえば、本気でキスすると言った涼介に、頷いたのも確かだ。
「――――……」
一番、どうしたら良いか、分からなくなってるのは。
あのままあんな気持ち良さが続くなら、そのままいっても良かった、かも。なんて、思ったこと。
あいつが、やめなかったら――――……オレは、どっかで、抵抗する事、出来たんだろうか……。
嫌じゃなさ過ぎて。
ほんとに、困ってしまう。
『――――…… お前、最悪やな』
キスの前に呟かれた言葉。
どういう意味だったのか――――……明日、聞こう。
――――…… 半端に、試そうなんて言った事を、言ってたなら。
……謝ろ。
「――――……」
見上げた空には、青白い、月が浮かんでいて。
――――…… 静かなその光景に。
オレは、ただただ、落ち着かない心を静めようと。
ぼんやりと、見入るしか、できなかった。
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