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カルピスウォーター
「あー、あっちぃ……。耐えらんね。飲み物もってくる。お前も何か飲む?」
隣で寝転がってた啓太が呻いて立ち上がり「仕方ねぇ、パンツくらい履くか」と独り言ちながら脱ぎ捨てられたパンツを履く。
「ん、何でもいい。冷たいの欲しい」
「んじゃ、適当に持ってくんね」
言い捨てるとトン、トン……と、軽快とは言い難い音を立てて階段を下りていく。
今年の最高気温を記録した日。まだ夏本番はこれからとはいえ、西日の射す和室は蒸し暑く、冷風扇一つじゃ心許ない。……と言っても、先ほどまで更に熱い行為をしていたわけだけれども。開け放した窓から時折流れ込む空気が徐々に涼しさを運んで、さっきまでの熱を逃がしていく。
何もしなくても吹き出る汗に辟易しているのに、啓太には引き寄せられるようにくっ付いてしまう。啓太の体温は、不快なはずなのに愛しくて一度触れてしまったら、もう離れがたい。
学校からの帰り道、並んで歩いて半袖の腕が掠めて触れ合った。それだけでスイッチが入って「はやく、はやく」と急かしながら啓太の家までを競歩みたいに歩いた。
バカみたいに暑いのに、触れたくて触れたくて、家に着くなりすぐに抱き締めた。換気する時間も惜しんで、風を入れるために窓を開ける啓太に悪戯をして叱られた。その後は……
さっきまでの乱れた啓太を思い出してニマニマと一人で笑っていると、またトントンと一段ずつ階段を登る音がする。
ニヤケ笑いを引っ込めたつもりがまだ出ていたらしく、啓太が顔を見て眉をしかめる。
「顔、気持ち悪い」
「……ひどくね?」
「だってお前……半勃ちだし! ニヤニヤしてキモい!!」
そう言いながらも、キモい俺の隣に座り、ピタリと冷たいペットボトルを俺の股間に置いた。
「ヒッ!! めっちゃ冷える~ぅ」
「あっという間に元気なくなった……」
「なくなるわ! いやでもこれ身体の芯まで冷える感じ……。啓太もやってみな」
「うわっ、バカ! 止めろ」
ふざけてただけなのに本気の声で叱られる。
「せっかく絵柄いいの選んで来たのに!」
そう言われて啓太の手元を見ると、ペットボトルにイラストが描かれている。夏の空と、プールと、女の子。
「あ、これエモいって話題のやつ?」
「そうだよ! もー、お前マジ信じられない……。早く! 飲んで、すぐに、全部!!」
急かされて栓を開ける。
カルピスウォーターか……。カルピスなんて飲むのいつぶりだろう?
子どもの頃はよく飲んでたのにいつの間にか飲まなくなった甘い液体に口を付ける。そういえば啓太はよく飲んでる気がする。
「あまっ」
「甘いのがいいんだろ」
「俺、甘い飲み物あんま得意じゃない」
「美味いのに……」
そう言う啓太はあっと言う間に飲み干して、ペットボトルの絵柄を透かして見ている。
「ま、啓太と同じ味になるのも悪くないな」
ニヤリと笑って全部飲み干してやる。思った通りに啓太は俺の言葉で耳まで真っ赤にしている。いつまで経っても可愛い奴。
恥ずかし気にする啓太にきゅっと胸を締め付けられたのを誤魔化すみたいに、空になったペットボトルを掲げて絵柄を確認した。
『友達に会いに来たふりをする』
夏の教室と窓際に座る君、それから友達と、君に釘付けになる僕。
啓太に片想いしてた中学の頃は、色んな理由をつけては啓太に会いに行っていた。部活の応援も、みんなで行ったプールも、覚えてるのは啓太のことばかりだ。
そういえば、その頃から甘い飲み物を飲まなくなったっけ。
「わかんなくは、ねーかな……」
呟いてボトルを啓太に渡す。
「ん……ありがと。耕司」
差し出した手が止まる。珍しく名前を呼ばれたような……?
啓太を見ると、隣に座っているのに首まで赤くして不自然な程そっぽを向いている。
俺は『啓太』と名前を呼んでいるのに、啓太はいつまでも名前を呼んでくれなくて、いつも名字や『オマエ』ばかりで俺はよく「名前で呼んで」とお願いしている。いつも取り合わずに流されてばかりで、名前を呼んでくれるのは、お願いして、お願いして10回に1回、小さな声で呼んでくれることがあるかどうか……。
それが自主的に、そんなに恥ずかしいのに、名前呼んでくれるなんて……。また、きゅっと胸が締め付けられる。自然と笑みが込み上げてきた。
啓太に身体を寄せて、肘で小突く。
「ん、これ」
啓太が飲んでいたペットボトルを渡される。
さっき熱心に見ていたペットボトルに描かれていたのは……、
プールサイドに座った女の子が見える。こちら側にはプールの掃除をする僕。
『下の名前を呼んでみる。しまった。顔が見れない』
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