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そして迎えた星祭り当日。星結いの儀を前に、城前には王子と王女の言葉を、その晴れ姿を見届けようと、多くの国民が詰めかけていた。両国の国民に二人の言葉を伝えるべく、街頭のスピーカーやラジオを通じて、その様子は国内に広く放送された。
そして演説が始まった。その演説に耳を疑ったのは、きっとレイだけではない。
二人は宣言した。この日、両国の平和を望み友好関係を築く、手を取り合い和平条約を交わす事を、結婚の代わりとすると。星祭りをその象徴として定める事を。
王子と王女は手を取り合い掲げる。仮初めの平和の為に夫婦になるのではなく、真の友好への証として、両国の未来を守る第一歩として、二人は友人になると。
その演説を、酒場のラジオで聞いていたレイは、混乱のまま、ダンとリオに詰め寄った。
「結婚は!?」
「二人で決めたらしいよ。今までのやり方じゃ、何も変わらないって思ったそうだ。今頃、国王様も度肝を抜いてるだろうね」
「王女も見せかけの平和は違うって、自ら茨の道を歩む覚悟みたいよ。これからが大変ね、頭の固い重鎮達を説き伏せないといけないもの。それに、国民の不安も取り除かないと」
呆れた様子ながら、二人はどこか楽しそうで、心配と不安しか浮かばないレイは焦るばかりだ。
「城に帰る?王子もその方が安心するわ」
「…まさか」
リオの問いかけにレイはそう言うと、戸惑う心を宥めるように外へ出た。太陽の光に目を閉じかける。あの空の下にアザミが居る、今一体どんな顔をしているのかと思いを馳せ、いや、何を考えているんだと頭を振った。
何を心配する必要がある、相手は王子だ、国の端に暮らす凡人の自分が、力になれる事など何もない、何か出来ると思う方がおかしいんだ。レイは自分にそう言い聞かせたが、そう思えば思う程、忘れ去られた過去の自分が、レイを惑わせていく。
アザミに会いたいと、願ってしまう。
その夜。レイは葛藤の末、ホランの花が咲く丘に向かった。
自分はアザミの気持ちを受け入れられない、いくらそう思っても、心は納得してくれなくて、落ち着かなくて。その中で、アザミがホランの丘で待っていると思えば、どうしても、いてもたってもいられないという気持ちが勝ってしまった。
自分でも自分の気持ちが分からないが、心が妙に急いている。ホランの花は、そんなレイの気持ちを落ち着けてくれたようだ。
光の綿毛は足元を照らし、まるで光の絨毯を歩いているみたいだった。
仄かな灯りも、集まれば大きな光の海となる。暗がりの中でも、そこに立ち尽くすのがアザミであると、すぐに分かった。そして、その背中を見てほっとしている自分に気付き、レイは慌ててそんな自分を打ち消した。
「…大丈夫なのかよ、あんな事して。あんな簡単に条約なんて」
結局、約束通りに来てしまった事が照れくさくて、ぶっきらぼうにレイが声を掛ければ、振り返ったアザミが嬉しそうに微笑むので、レイはまた焦って目を逸らした。
そんな、会えて嬉しいみたいな。こっちまでつられてしまいそうで困る。トクトクと、走り出す鼓動が、レイを急かすみたいで落ち着かない。
「なに、上手くいくさ」
そんなレイの様子には気にも留めず、アザミは嬉しそうな笑顔を浮かべたまま、さらりと言った。
そんな簡単な事ではないのは、ただの村民であるレイにも想像がつく。そして、その決意の重さも。
簡単に出来る事なら、とっくに誰かがやっている。どっちが悪いなんて、国や立場が違えばその分意見は分かれる、誰も自分に非があると認めたくないし、正義感や理想だけで国は動かない。
それでも、両国の王子と王女は一歩を踏み出した。無理矢理にでも、その理想の為に。国と国との間の争いで、誰かの命が落とす事のない未来へ向かう為に。
レイも夢見た、争いのない未来の為に。
未来を見据えるアザミの瞳に、揺らぎはない。改めて、アザミを遠くに感じ、レイはまた落ち着かない気持ちになる。
「それよりこっちだ」
そんなレイの葛藤など露知らず、アザミはレイを手招いた。促されるまま、丘の端へと進むと、降るような星空の下、無数の小さな光が地上から空に向かって、ふわりふわりと飛んでくる。まるで、夜空に宝石を散りばめたみたいだ。
幻想的な光景に思わず笑みが零れる。毎年見ているが、下から浮かび上がってくる光を見下ろすのは、今のレイにとっては初めての事だった。
「光の海の中にいるみたいだ…」
見辛いなとレイは眼帯を外し、左目を隠していた前髪を耳に掛けた。アザミはその様子に少し驚いたようだったが、また嬉しそうに表情を和らげた。
「…綺麗だな」
「だな!」
レイはそう振り返ってから、アザミが自分を見ている事に気づいた。その愛おしそうな眼差しに思わず胸が跳ね、レイは誤魔化すように視線を彷徨わせると、わざとその場にどっかりと腰を下ろした。
「で、でもあれだな!まさか王子様とこんな風に過ごすとは思わなかったな」
「…知っていたか?星祭りの夜、愛を誓わずともこの場所で二度逢えば、それは運命だと」
え、と反応しそうになったが、ニコニコ楽しそうに隣に座るアザミを見ていると、疑問が浮かんでくる。
「…なぁ、それアンタの作り話じゃないよな」
「バレたか」
「分かりやすい嘘つくなよ…」
まったく、と呆れ顔で言えば、アザミはそうだな、と首の後ろを撫でた。
「そうだったら良いなと、願ってしまった」
その力ない瞳に、胸の奥が軋む。彼の事なんて何も知らない筈なのに、唐突に、彼を守らなくてはと思ってしまう。傷があれば塞いでやって、涙を流せば拭ってやって。
おかしい、アザミの隣には自分が居なくてはと、その願いを叶えるのは自分だと思ってしまう。
脳裏に過る不確かな記憶、その断片が訴えかける。レイはその衝動のような感情に突き動かされるように、アザミを見上げた。
男で、何の力もない、自分が彼の隣に立つには、一体どれ程の障壁を乗り越えないといけないのか。
それでも、アザミが手を伸ばすなら、その手を掴む事を許されるなら。
レイは、その思いを手の中に押し込め、きゅっと拳を握った。それから、小さく息を吸うと、アザミに体ごと向き合った。
何も覚えていない、アザミの事だって、まだよく分かっていない。それでも、自分の心を信じようと思えたのは、過去の自分からの贈り物を貰ったように感じたからだ。
こんな風に心が戸惑い、突き動かされるような出会いが、少なからずあった失った記憶への不安を埋めようとしてくれているようで、アザミが自分にとって大事な人だったのではと、思わずにはいられなくて。
それでも、どうしても不安だから。
「…俺には記憶がないんだ、お前に嘘つかれたら何を信じて良いか分からない。…だから、願いがあるなら、言いたい事があるならちゃんと言ってほしい。その、俺もちゃんと、受け止めるから」
勇気を出して、真っ直ぐとアザミを見上げれば、アザミはどこかはっとした様子で目を僅か見開いた。
真っ直ぐと見つめるアメジストの瞳は、あの頃と何も変わらない。
彼はいつだって叱咤し、落ち込む気持ちを引き上げてくれた。誰かのではなく、自分の言葉を伝えても良いと、教えてくれる。
「私も変わらないな…」
アザミは困ったように表情を緩めた。やはり、この想いは間違いではない。彼が居れば、なんでも出来そうな気がする。
やる事は変わらない、子供の頃のように、ただ思いを伝えるだけだ。
「では、この出会いを、本当の運命に変えてしまおう」
「え?」
アザミはレイの顔をその手で引き寄せる。近づく二人の顔にレイが咄嗟に目を瞑ると、額に柔らかな感触が残り、目を開けた。
「唇は、君の了承を得てからだな」
「か、からかったな!」
キスされるかと思った。思わずレイはカッとなって拳を作ったが、それはアザミに当たる前に力を失った。
「…前にもこんな事あったか?」
「…さぁ、どうだろうな」
けれど、と続けて、アザミはレイと向き直った。
「ただ、私の気持ちはずっと変わらない。もう一度チャンスをくれないか、君に恋するチャンスを」
真っ直ぐと、アメジストの瞳にアザミの姿が映る。
レイはその瞳を逸らしかけたが、思い止まりアザミを見上げた。
頬に触れたアザミの手に、レイがそっと手を添えた。少し緊張した面持ちだったが、照れくさそうにアメジストの瞳が優しく微笑めば、アザミは変わらない愛しさを、その腕の中に抱きしめた。
寄り添いあう二人を見守るように、光の綿毛が一つ、二つと空へ舞っていく。
降り注ぐ星空の下、十五年前と同じ夜、再び恋が始まった。
了
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