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*** そらからはあっという間に日々は過ぎ、星祭りは当日を迎えた。 いつもは静かなタタスの村も、この日ばかりは活気に満ちて賑やかだ。星祭りの最後に行われる花を飛ばす風習に向けて、摘んだ花の最後の集荷を早朝に終えると、祭りに合わせての準備が行われる。自分達が祭りに参加する為でもあるが、この日は、星祭りの発祥は別としても、星祭りを象徴するホランの花が咲く村で星祭りを迎えたいと、多くの人々が村にやって来る。ホランの丘は山の中を抜けるので、山に不慣れな観光客は特に夜の立ち入りを禁止にしているのだが、それでも、この村で、ホランの丘に咲く花の光を見上げながら綿毛を空に飛ばしたいと思う人々は多いようだ。 その為、初めて村に来た人が夜でも過ごしやすいようにと、家の外に灯りを灯したり、料理や飲み物の準備、寛げる場所の確保、空に飛ばす為のホランの花の用意、それから、国境の兵士への差し入れを運び入れるのも、毎年の恒例であった。祭りの日でも皆の為に神経を張り巡らす彼らに、少しでも心安らぎをと、労いの気持ちを込めたものだ。 レイ達の酒場も、料理や飲み物の準備に追われていた。料理自慢の村の人々が集まり、いつになく賑やかだ。時折、子供達がつまみ食いをしては大人達に追いかけられ、それを追いかけっこだと思った飼い犬が後に続く、といった微笑ましいハプニングが起こってはいるが、普段より多く兵士が村を巡回してくれているからか、盗賊のような怪しい人物が村をうろくつ事もない。 皆、安心して、この日を迎えている。それどころか、いつもよりも楽しそう、というか、とにかく気合いが入っている。 レイは、そんな皆の様子を見て、一人そっと溜め息を吐いた。皆が例年より、気合いが入っていたり、どこか浮き足立っているのは、きっと自分に関係があると思っているからだ。 数日前に酒場にやって来た青年は、兵士ではなく王子だった。それも、どうやらレイを大事に思っているらしく、レイも満更ではないようだ、というのが村の人々の認識だ。 加えて、噂に聞く王子は思っていたよりも好感が持てたのだろう、アザミはレイの知らないところで村の人々と交流を持っていたようで、仕事振りが良いとか、話しやすかったとか、親切だったとか、アザミとの思い出話に皆が盛り上がっていたのも知っている。 でもそれも、数日前の事。星結いの儀は、予定通り行われると知り、村の人々も戸惑いを覚えたようだ。アザミがレイを大事に思っていると言ったのは嘘だったのか、それともレイはこの事を承知で心を寄せていたのか、もし何も知らされていなかったら、レイの気持ちはどうなるのか、そんな風に考えを巡らせたのかもしれない。その日から、皆はレイの前でアザミの名前を出す事もしなかったし、この日、気合いが入った陽気な空気に包まれているのも、レイに星結いの儀を意識させない為だと思われる。 もし、自分の事がなければ、知り合った王子の門出とも言える日だ、直接声が届かなくとも、お祝いに力を入れたかっただろうし、星結いの儀が行われる今日の祭りを、良いものにしたかっただろう。 それでも、皆は自分の事を思って、言葉を、思いを飲み込んでくれている。そう思ったらレイはいたたまれず、笑顔を張りつけたまま、そっと皆の和から外れ、酒場の二階に向かった。 自室に向かおうとして足を止めたのは、アザミが使っていた客室の前だ。その中に入り、ぼんやりとベッドに腰かける。なんだか心が空っぽだ、その理由を考えたら辛くなりそうで、ずっと考えないようにしていた。そうしている時点で、理由なんて一つしかないのに、その女々しさに泣きたくなる。自分で選んだくせに、今更、どうしようもないのに。 レイは、ベッドに伏せて、シーツを掴む。ここに、アザミの痕跡なんか一つもない。 窓の外からは、ポーンと大きな音が聞こえてくる、村に設置されているスピーカーからのもので、もうすぐ星結いの儀が始まるという合図だ。

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