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「そうだったら良いなと、願ってしまった」 その力ない瞳に、胸の奥がきゅっと苦しくなる。彼の事なんて何も知らない筈なのに、唐突に、彼を守らなくてはと思ってしまう。傷があれば塞いでやって、涙を流せば拭ってやって。 おかしい、アザミの隣には自分がいなくてはと、その願いを叶えるのは自分だと思ってしまう。 脳裏に過る不確かな記憶、その断片が訴えかける。レイはその衝動のような感情に突き動かされるように、アザミを見上げた。 男で、何の力もない、自分が彼の隣に立つには、一体どれ程の障壁を乗り越えないといけないのか。 それでも、アザミが手を伸ばすなら、その手を掴む事を許されるなら。 レイは、その思いを手の中に押し込め、きゅっと拳を握った。それから、小さく息を吸うと、アザミに体ごと向き合った。 何も覚えていない、アザミの事だって、まだよく分かっていない。それでも、自分の心を信じようと思えたのは、過去の自分からの贈り物を貰ったように感じたからだ。 こんな風に心が戸惑い、突き動かされるような出会いが、失った記憶への不安を埋めようとしてくれているようで、アザミが自分にとって大事な人だったのではと、思わずにはいられなくて。 それでも、どうしても不安だから。 「…俺には記憶がないんだ、アンタに嘘つかれたら何を信じて良いか分からない。…だから、願いがあるなら、言いたい事があるならちゃんと言ってほしい。その、俺もちゃんと、受け止めるから」 勇気を出して、真っ直ぐとアザミを見上げれば、アザミはどこかはっとした様子で目を僅か見開いた。 真っ直ぐと見つめるアメジストの瞳は、あの頃と何も変わらない。 彼はいつだって叱咤し、落ち込む気持ちを引き上げてくれた。誰かのではなく、自分の言葉を伝えても良いと、教えてくれる。 「私も変わらないな…」 アザミは困ったように表情を緩めた。やはり、この想いは間違いではない。彼がいれば、なんでも出来そうな気がする。 やる事は変わらない、子供の頃のように、ただ思いを伝えるだけだ。 「では、この出会いを、本当の運命に変えてしまおう」 「え?」 アザミはレイの顔をその手で引き寄せる。近づく二人の距離に、レイが咄嗟に目を瞑ると、額に柔らかな感触が残り、レイはきょとんとして目を開けた。 「唇は、君の了承を得てからだな」 「か、からかったな!」 キスされるかと思った。思わずレイはカッとなって拳を作ったが、それはアザミに当たる前に力を失った。 「…前にもこんな事あったか?」 「…さぁ、どうだろうな」 けれど、と続けて、アザミはレイと向き直った。 「ただ、私の気持ちはずっと変わらない。もう一度チャンスをくれないか、君に恋するチャンスを」 真っ直ぐと、アメジストの瞳にアザミの姿が映る。 レイはその瞳を逸らしかけたが、思い止まりアザミを見上げた。 頬に触れたアザミの手に、レイがそっと手を添える。少し緊張した面持ちだったが、照れくさそうにアメジストの瞳が微笑めば、アザミは変わらない愛しさを、その腕の中に抱きしめた。 寄り添いあう二人を見守るように、光の綿毛が一つ、二つと空へ舞っていく。 降り注ぐ星空の下、十五年前と同じ夜、再び恋が始まった。 了

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