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第4話 僕とカイ

アリッサの陰からヒョイっと顔を覗かせたカイを見て、 僕は暫く声が出なかった。 やっとの事で、 「ハ…… ハロ~」 と声が裏返った様に挨拶をすると、 アリッサにプッと小さく笑われた。 「なあに? その挨拶! コージにしては珍しく緊張してるの?」 そう尋ねるアリッサの顔をチラッと見た。 彼女は何やらニヤニヤとしている。 信じられない…… 僕は夢を見ているのだろうか? カイの方を見ると、アリッサとは打って変わって、 ニコニコとして僕の方を見ていた。 世の中には3人似てる人が居るって言うけど、 それは本当だったんだ…… でもここで要君のそっくりさんに会う確率ってどれだけ? 要君を忘れるためにわざわざアメリカまで来たのに、 これじゃアメリカまで来た意味がない…… それともカイとの出会いは何か意味があるんだろうか? 今ここで会った限りでは彼の事は運命の番という感じはしない……  が……  何という運命のいたずらだろう…… 今の僕には、 “何故?” という疑問しかなかった。 恐らく僕は暫くの間、我を忘れてカイの顔を凝視していたのだろう。 「コージ? どうしたの? カイの顔に何かついてる?」 アリッサが心配そうに僕の顔を覗いた。 カイも困惑した様に僕を見ていた。 「へ? あ…… いやごめん。 ジロジロと見て不躾だったね」 慌てて謝った。 カイは 「大丈夫、大丈夫」 と照れたように笑っていたけど、 カイに釘付けになった目は、未だ離せないでいた。 「彼、可愛いでしょう? Ωなのよ。 恋人はいないわよ。 あなたαでしょ?」 そうアリッサが耳打ちした。 「え? いや、僕はそう言うつもりで見ていたんじゃ……」 慌てて言い訳をしようとすると、 「良いのよ、良いのよ、皆まで言わなくても! 私が今度お膳立てしてあげるわね!」 と、どうやらアリッサは、 僕がカイに一目ぼれをしたと勘違いをしたらしい。 彼女は何をいきなり思ったのか、 僕とカイをまとめようと、ウキウキとしていた。 それがカイにも分かったのか、 僕の方見て、肩をすくめて見せた。 そして僕もアリッサの勘違いには苦笑いするしかなかった。 でも見れば見る程、彼は要君に良く似ていた。 要君がここに居るんじゃないかと錯覚する位に。 姿はとても要君に似ていたけど、声はちょっと違った。 要君はハスキーがかった声をしていたけど、 彼の声は普通にテノールの男性の声だった。 それはとても滑舌が良く、聞き取り易い声だったので、 違和感はなかった。 「ほら、入って、入って、 いつまでも入り口でおしゃべりしてたら お料理が煮詰まっちゃうわよ!」 そうアリッサに言われ、 僕達はすき焼きが用意されたキッチンへと向かった。 キッチンテーブルには日本の様に、 コンロが用意されていて、すき焼き鍋まであった。 「凄いね、すき焼き鍋まであるの? 何処で買ったの? これもカイのお母さんから?」 「今はね、何でも〇マゾンで手に入るのよ! コージも日本の物が欲しかったら、〇マゾンよ! 日本にもあるでしょう? 〇マゾンよ!」 と、アリッサはやたらと〇マゾンを宣伝していた。 よっぽど〇マゾンで買い物をするのが好きなのだろうか? 「はい! ライスもちゃんと自分が食べる分よそおってね。 それにこのジャーも〇マゾンよ!」 そう言いながら、可愛い柄の付いたライスボウルを渡してくれた。 そしてすき焼き鍋を囲んでテーブルに着くと、 「頂きま~す!」 と日本語で挨拶をして食べ始めた。 「凄いね、 アリッサ頂きます言えるんだね」 『イエ~ス! カイ先生のおかげです!』 と、日本語で話してくれた。 「カイは日本語話せるの? バイリンガル?」 そう尋ねると、 『はい、小さい時から母に鍛えられました!』 と、流暢な日本語を話してくれた。 「え~ ちょっと、ちょっと、 私、少しは日本語分かるけど、 本当にちょっとなんだから、 二人で日本語の世界に入らないでよ~ これから私の前で日本語で話したら、 私の事を言ってるってみなすからね! 私が許可しない限りは禁止~!」 と笑いながらブウブウしていた。 「ごめん、ごめん、 日本語って本当に久しぶりだったから嬉しくって!」 僕がそう言うと、アリッサは不思議そうに僕を見た。 「ニューヨークには日本人の留学生沢山いるでしょう? 仕事で来ている日本人も多いし! そんな人たちとは出会ったりしなかったの? 私、街を歩けば必ず一人は見かけるわよ?」 「う~ん、それはそうだけど、 見かけたからってツカツカと歩み寄って、 “あなた日本人ですか?” なんて聞かないでしょう?」 「え? そうなの? 私、コージに初めてあった時、 まさにそうだったけど?」 「ハハ、確かにそうだったね。 でも僕はなるべく英語で会話したいし、 日本語では話さない様にしてるからね~ 日本人と付き合っちゃうとやっぱりつるんじゃうから、 英語の上達にもならないし……」 僕がそう答えると、 「浩二は凄く英語上手だよ」 と、カイが僕の英語を褒めてくれた。 でも、カイから名前で呼ばれるのは何だか変な気持ちがした。 要君とカイを比べる事では無いけど、僕は今まで要君に “浩二” って呼ばれたことが無い。 彼は僕の事を何時も “矢野先輩!” と呼んでいた。 カイに言えば失礼になるかもしれないけど、 カイに浩二って呼ばれて、 要君がそう呼んだような気持になった。 どんなに彼は要君じゃないって自分に言い聞かせても、 どうしても、要君とカイを重ねてしまう自分が居た。 またカイは気さくで、とても話し易かった。 話題も豊富で、僕とフィーリングが良くマッチした。 カイと友達になりたかったのは嘘じゃないけど、 本当は、カイとはこれっきりにして、 もう会わない方がよかったのかもしれないけど、 その食事をした日以来、カイは良く僕の前に現れるようになった。 アリッサは僕よりも一つ年上で、 同じクラスが一つあったから知り合うことが出来たけど、 カイは僕よりも3つ年上だったので、 勿論、4年生のカイとは同じクラスは一つも無かった。 だから行動範囲の違うカイとは、 偶然キャンパスで会うって事は殆どなかったから、 僕と会うために、カイはかなり努力をしていたと思う。 でも僕はカイが僕よりも3つも年上だという事にびっくりした。 見た目は本当に要君と同じ年の様な感じだったので、 僕はずっと、カイとアリッサは同じ年だと思っていた。 この手の顔は若く見えるのかもしれない。 でもその時は、カイの意図が分からなかった。 何故、僕の周りをウロウロしていたのか。 約束をしていたり、偶然会ったりするんだったら分かるけど、 何故、学年も、取っている専攻も違う僕の後を付いて回るのか…… よっぽど日本人の留学生と知り合えたことが嬉しかったのか? ちょっとお世話をしてやろうって母性本能に火が付いたのか? 「浩二、コーヒーを買って来たよ! 一緒に近くの公園に行って飲もう。 サンドイッチも家から作って来たから、 一緒に食べよう!」 そんな風に、カイは良くサンドイッチを 僕の為に作って来てくれるようになった。 他に友達はいないのか?というくらい、 わざわざサンドイッチを作ってまで、 良く僕の事を誘っては一緒に過ごした。 アリッサに尋ねると、今までそんなカイは見たことが無いと言った。 誰かにサンドイッチを作って来るどころか、 ランチは何時も抜いていたか、 アパートに帰っていたと言っていた。 別に友達が全然いないと言う訳では無いらしい、 あの可愛らしいルックスに馴染みやすい性格。 どちらかと言うと、彼の周りにはいつも人が居たみたいだ。 それにモテてもいたらしい。 だから余計に疑問に思った。

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