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第90話 破水
海では色々あったけど、
行って良かったと思った。
洞窟の後の城之内先生は僕に対して凄く過保護になって、
どこに行くにも僕について回って居たけど、
矢野先輩に対しては不完全燃焼だ。
でも、浜辺で話したかなちゃんのセリフは、
今でも僕の頭の中をグワングワンと回っている。
あれから何度か先輩と詩織さんが一緒に居る所を見たけど、
割と中良さそうにしているけど、
相変わらず詩織さんは僕に敵対している。
“そう言えば先輩との浮気を疑われたな……
何故そんなに先輩が信じられないんだろう?
僕に対してだけなのかな?
それとも皆んなに?
もしかして詩織さんって僕が先輩の事好きなのに気付いてるのかな?”
などと考えて居た時に、
携帯がブッブ〜とバイブした。
“そう言えば先輩、あの洞窟で携帯持って来なかったって言ってたけど、
あの時聞いた音は絶対この音だよな……
もしかして携帯持ってることに気付か無かったのかな?
いや、ポケットもちゃんと探ってたからそんな事はないよな……
じゃあ何で携帯持って来てないって言ったんだろう?
先輩は僕とあの洞窟にトラップされたかったのかな……?“
と考えて、な〜んてねと思いながら携帯を見た。
差出人は先輩だった。
内容は何て事はない。
『陽一君、おはよう!
昨夜はよく眠れた?』
そんな他愛もない事。
時々は日記のような先輩が1日やったことなど、
早朝や寝る時間直前にやってくる事が多くなった。
”いったい彼は何がしたいんだろう?“
僕は益々訳がわからなくなった。
”こんなの詩織さんに見られたら、
いくら愛の囁きではないと言っても
嫌なんじゃないのかなぁ?
それでなくても僕達、浮気を疑われているのに……“
そう思いながらも僕は先輩にやっぱり
同じ様に返事していた。
『先輩、おはよう!
今日の朝ごはんはサバと味噌汁の匂いがする!
もうすぐ文化祭だからこれから忙しくなるよ!』
楽しかった夏休みもすでに終わり、
僕たちはもう二学期も半ばまで来ていた。
『そう言えば要君ももう出産だよね』
『そうだね。
今月末に帝王切開の予定になってる。
僕の時みたいに破水しないと良いけどね!』
そう言って返信した。
かなちゃんが僕を産んだ時は散歩中に破水したみたいだ。
でも運良く、ポールが近くで撮影していたみたいで、
撮影を抜け出したポールがかなちゃんをお姫様抱っこで颯爽と連れ去ったので、
当時はかなりそのニュースで持ちきりになったらしい。
丁度撮影現場にいたパパラッチに写真を撮られたけど、
幸いかなちゃんの顔は見えなかったみたいで、
全世界に配信されたそのニュースは、
日本でも大きく取り上げられたみたいだ。
お父さんもそのニュースは目にした様だけど、
ポールに抱えられた妊婦がまさか、かなちゃんで、
そのお腹に居たのが僕だったとは夢にも思わなかったみたいだ。
まあ、芸能界に疎いお父さんはポールの事は知らなかったけど、
電車の雑誌の広告のポスターに大きく貼り出されれば、
いやでも目につくだろう。
実を言うと、その時の雑誌は今でも家にとっておいてある。
バックナンバーでネットで買った物だ。
お父さんは少しでも僕と一緒に居なかった時の何か新しいものがみつかれば、
その時間を取り戻す様に、手に入れようとする。
そんなかれの愛情が僕は凄く嬉しかった。
だからあ〜ちゃんとヒロ君はそんなお父さんの愛に包まれ、
て赤ちゃんの時から一緒にいれるので少し羨ましい部分はあるけど、
僕はその事は決して口にしない。
僕の事も、かなちゃんがお父さんとかなちゃんの2人分で
愛情をくれたのを知っているから。
18歳になった今ではそれが痛いほどわかる。
だからかなちゃんには凄く幸せになって欲しい。
ヒロ君も、何の問題もなく無事に産んで欲しい。
僕は先輩から来たメッセージをもう一度覗き込むと、
『言って来まーす!』
と送って家を出た。
そしてその日の放課後、
文化祭の準備をしていた時にお父さんからラインが入った。
何だろうと思ったら、
かなちゃんが破水したみたいだった。
”え? 大丈夫なの?
まだ産まれるには早いよね?“
僕の異変に気付いた智君が、
「どうしたんだ?」
と直ぐに尋ねて来た。
「智君、どうしよう……
かなちゃん、破水したんだって……
赤ちゃんまだ産まれるのには早いのに、
どうしよう……
どうしよう……」
と少しの震えさえ出てくる。
「陽一君どうしたの?」
と彩香ちゃんも僕の異変に気付いてやってきた。
智君が説明すると、
「お母さんって今妊娠何週目なの?」
と尋ねるので、予定日は11月の頭だけど、
10月末に帝王切開の予定だったと話した。
「じゃあ、大丈夫だよ!
お母さん、後一週くらいしたら何時でも産める状態だから、
赤ちゃん未熟児かもしれないけど、
無事に産まれてくるよ!
今は医学も発展して随分早く生まれて生き延びてるからね!
それよりも、病院に行かなくても良いの?」
と言われ、気が動転していたから忘れてたけど、
「そうだ、先輩がこっちに来てるから校門前で待っている様に言われたんだった!
ごめん、僕抜けちゃうけど良いかな?」
そう言って荷物をまとめ始めると、
「こっちは大丈夫だよ!
ご両親とあ〜ちゃんに宜しくね!」
そう言って2人は僕を見送ってくれた。
彩香ちゃんはあの海以来あ〜ちゃんと仲良くなって
ライン友達になっているみたいだ。
荷物をまとめ終わって慌てて校門まで走っていくと、
先輩は既に校門のところで僕を待っていてくれた。
「先輩ごめん、
文化祭の準備してたからちょっとバタバタとしちゃって……」
そう言って車に乗り込むと、
「陽一君の体操服姿って見た事なかったから珍しい!」
と言ってきた。
「あれ? そうだったっけ?」
「そうだよ〜
高校生になった途端、陽一君僕から疎遠になるんだもん。
僕、何度泣いたことか……」
といわれ、
「え? え?」
と慌てていると、
「冗談だよ!
あんな超進学校に入って、凄く忙しかったのは知ってるから……
学校に、課外に、塾に、合宿にって
家にもあまりいなかったよね」
「そんなに留守にしてましたっけ?」
と、僕には、さほど意識としてはなかったけど、
先輩は僕が離れると決めた頃、
頻繁に家を訪れていたみたいだ。
「してたよ〜
もう、僕の事避けてるのかなって疑うくらいにはね〜
何だか思春期の父親を嫌う娘を持った気持ちだったよ……」
と指摘されたので、凄くドキッとした。
確かに先輩を避けていた……
まさかそんな風に思われていたなんて……
でもそうか、それが普通の反応なんだよな……
その時初めて、僕は凄く自分勝手で、
先輩の僕を愛しむ思いまで蔑ろにしたんだと気付いた。
あんなに小さい時から大事に大事にされて来たのに、
僕はなんて子供だったんだろう……
先輩が詩織さんと婚約したのも、
僕は何も言えないのかもしれない……
やっぱり僕は選択を間違ったんだ……
でも今更どうすることもできない。
現に先輩は詩織さんを選んだのだから……
「そんな風に思ってたんだったらごめん……
あの頃は環境も変わって色々とあったから自分でも色々と一杯、一杯で……」
それが僕にできる精一杯の謝罪だった。
「それよりも、結婚式もうすぐですね。
準備は進んでますか?」
先輩は12月24日のイブの日に結婚式を控えて居た。
招待状が届いた時は何でイブ?
シングルに対する嫌がらせ?
と少しムッと来たけど、
行くのも行かないのも本人の勝手なので、
嫌なら行かなければ良いかで気持ちは収まった。
だから僕はまだ結婚式に参加するか決めていない。
勿論両親や祖父母は参加する予定だ。
「あ〜 式はね、詩織に任せてるんだ……」
先輩のそんなセリフに、
「え〜 女の人ってそう言うのは婚約者と一緒にしたいんじゃないんですか?
もしかして彼女に丸投げ?
先輩、それって愛情を感じませんよ!」
の僕のセリフに、先輩は僅かに反応した。
でも先輩はすぐに気を取り戻して、
「僕の事は良いから、
陽一君には誰か良い人は出来たの?
ごめんね。
イブの日が挙式で……
もし一緒にイブを祝う誰かいるんだったら申し訳ないね……」
と柄にもなくしおらしい……
「そんな人今居ませんってばあ〜
まあ、居るとしても城之内先生くらいなもんかな〜」
と言うと、急に先輩の周りの空気が変わった。
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