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スポ刈りバラード
* * *
髪を切るという。切るなと言いたかったが、君は髪を切るという。
傷んだ髪がぴんぴん跳ねて日の下で白くなっている。俺は君の軽そうな毛先に、夢の中では何度も手を伸ばせたけれど、肩が触れ合いそうなのに結局触れないでいる。
君は女子からティッシュをもらって鼻を噛む。ほんの一瞬でウサギみたいだ。そんな顔で俺を見て、見てろとばかりにティッシュを投げる。ゴミ箱のフチにぶつかって、なんとかやっと捨てられる。君は得意げに俺を見る。俺は君から目を逸らす。目がぶつかったなら吸い込まれる。君はそういう目をしている。
俺は自分の性分を知っている。また今日も失敗した。君の明るさに救われて、俺は円の中にいる。君は円の中心で、俺はその中でしか泳げない。君は水、俺は鯉。気紛れに尾を叩く。波紋が描かれ消えていく。君は優しく響いて俺を泳がせ続ける。俺の鱗が溶けたとしても、君は何も知らないでいい。
君は髪を切る。君が君なら髪に大きな価値はないけれど。
君は髪を切る。何も変わらない。分かっているけれど。
君は髪を切る。何故だか焦って仕方がない。
「おい」
「なんぞや」
「触らせてくれ、髪」
君はへらへら笑う。明日には無くなる髪。君はへらへら笑って、陽だまりにいる猫みたいだ。それでいて、柴犬なんだ。
俺は君の髪を触って、撫でて、巻き付ける。菓子みたいな色をして、柑橘類の匂いがする。君の髪。触りたくてずっと見ていた。話したくて、ずっと待っていた。
「明日短くなるから、また触りに来いよ!」
君は髪も黒く染める。君の髪は短くなる。俺の目に入る君は少し小さくなって、俺の中にいる君はまた大きくなる。
君は髪を切った。髪を刈った。黒豆みたいになった君によく似合っていると言いにいく。
* * *
作者が髪を切るのに寄せた一遍。
2020.12.14
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