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飛び立てず羽ばたくだけさ。

雇われ人モノ。 * * *  悪くなかった。  雇われ人は自分より頭ひとつ分以上低い背丈の、まだまだ少年じみた同い年の男を抱き上げた。頭に風穴のある彼は自力で立つことはもうできない。昨日まではホテルの豪壮ぶりに広い室内を跳ね回り、ベッドに転がり、麗らかに笑っていた。朝には、朝から大量の食事を腹に納めてけろりとしていた。標的の亡骸を触るなどは言語道断に違いなかった。部屋中に証拠を残すなど素人でもやらない。しかし雇われ人は気にした様子もない。  感情が要る。人と難無く会話し、懐に入り込み、隙を作らせる。資産家は特に警戒心が強い。それか素敵な番犬が控えているものだ。この少年的な標的はそれがなかった。笑わなくとも笑いかけ、黙っていてもよく喋る。歩幅も食べる速さもすべて自分の速度で、そこに焦りはなく、食べたらすぐに寝る。起きたら動く。単純だった。    繕った感情は要らなかった。笑わなくとも、話さなくとも彼は常に一方的に笑いかけ、喋り、跳ね回り、翔り出す。鍛えられた背中には羽根があるみたいだった。あったのかも知れない。しかし捥ぎ取ってしまった。  雇われ人は動かなくなった肉人形を抱き締め、暫く、静かな部屋に立っていた。レースカーテンが、醜怪な悍ましさの念と根幹を同じくするような美貌をよく磨かれたガラスに映すこともしない。体温も無くなっている。はしゃいでいた残像を馳せる。  感情は必要だ。しかし仕事に於いてはくだらないことだ。あらゆる仕事人が職務中に気が変われば世間は回らなくなる。この雇われ人もそのサイクルの一部に過ぎない。その自負がこの者にはあった。  悪くはなかったはずだ。計画も準備も覚悟ですら。指は引金を引き、銃弾は少年みたいな男の頭部を貫いた。  銃口を向けられ崩れた眉と目を見た時の衝撃と重苦しさ。焼印に等しかった。あの瞬間、脳裏に赤々とした焼鏝を当てられたも同然だった。  悪くなかったはずだ。悪くなかったはずなのだ。悪くなかったはずだった。 * * *  タイトルの語尾の感じはBOØWYの「NO. NEW YORK」のラストをイメージ。「…だけ〜さ〜」みたいな。 2021.1.4

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