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気づいたら、そう言っていた

「うまい……」  説明されたが長すぎてなんだかわからない、名前も覚えられない前菜から始まり(どうやらハワイ料理はもう色々食べているだろうとフランス料理にしてくれたらしい)、次々と運ばれてくる料理を相良の真似をしながら食べていく。口にするものはどれもこれも美味で、瑛斗は初めて味わう料理にただ素直に感動した。  そんな瑛斗を見て微笑みながら、相良は慣れた手つきで食事を進めていた。 「お前、いつもこんなの食べてんの? すげぇな」 「いつもは食べてないよ。いつも食べてたら体に悪いし」 「そうだよなぁ……。確かにうまいけど、カロリー高そうだもんなぁ」 「俺、体重管理してるから、いつもはもっと普通のもんだけど」  『普通』がおそらく庶民の豪華な食事レベルなのだろうとは思ったが、そこはもうあえてなにもツッコまなかった。  食事も終盤に差し掛かり、瑛斗はずっと気になっていたことを思いきって聞くことにした。 「なあ……」 「ん?」 「これ終わったら……どうすんの?」  瑛斗がそう聞いても相良はちらっと瑛斗を見ただけでなかなか答えなかった。相良は視線をワイングラスに移し、グラスと取るとワインをゆっくりと呑んだ。呑み終えると、グラスを置いて、ようやくこちらを向いた。じっと真正面から見つめられる。 「瑛斗は、どうしたい?」 「どうって……」  正直わからなかった。船に乗ってすぐは、このあと起こるかもしれない貞操の危機に、今すぐにでも帰りたい、と思ったが。  今はどうだろう。もちろん貞操の危機は回避したいという気持ちはあるが、でも、この相良という男のことをもう少し知りたいという気持ちも生まれていた。  不思議な男だった。どうしようもなく無礼で、全く良い印象なんてなかったのに。たった1日一緒に過ごしただけで、瑛斗にあの正体不明な強い感情を湧き上がらせた。そうさせる、なんとも表現し難い惹かれるものを持っていた。こう、憎みきれないなにか。それがなんなのか、そのもっと奥底にあるものを覗いてみたくなる。そんな感じ。それが、瑛斗を迷わせる。 「……よくわかんないけど……」 「……とりあえず、クルーズは食べたら終わりだから。そのあとのことは、決めてなかったけど。俺は、瑛斗に一緒に家に来て欲しい」 「それって……」  どういう意味?と聞きたかったが、聞けなかった。再びあの貞操を奪われるのだろうか疑惑が頭をよぎる。一緒に相良の家に行ったら、なにが起こるのだろうか?ただ、ちょっと呑んだり、話したりするだけで終わるのだろうか?無事にホテルに送り届けてもらえるのだろうか? 「……変なこと、しない?」 「変なこと?」 「その……。襲ったりとか、しない?」 「……襲ったりはしない」 「……なんで今、ちょっと間があったわけ?」 「いや、別に」 「本当だろうな?」 「ほんと、ほんと」 「急に返事が軽薄な感じになったな……」  信用できねぇ……。できねぇけど……。 「……瑛斗」  下を向いてどうしようと考えを巡らせていると、相良に静かに名前を呼ばれた。伏せていた目を前に向けると、相良の真剣な目とぶつかった。瞬間、まるで催眠術でもかけられたかのように、体が動かなくなる。その切れ長の目に捉えられて目を逸らすことができない。  相良の血色の良い赤い唇がゆっくりと開いた。 「俺は、瑛斗ともっと一緒にいたい。もっと瑛斗のこと知りたい」 「…………」 「一緒に、来てくれないか」  視線を絡ませ合う。その数秒後、瑛斗の唇は答えを口にしていた。 「……わかった」  どうしてそう答えたのか、瑛斗にもわからなかった。  気づいたら。そう口が動いていた。

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