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6.香水2

「これ、たぶん俺が晴太郎にあげたやつなんだけど、七海にあげたって事は……あいつ気に入らなかったのかな?」  洋太郎が悲しそうに言った。彼は上の姉の紗香のように、晴太郎のことを唯一の弟として可愛がっている。贈ったものが使われていないと思ってしまったのか、少しがっかりしている様子だ。 「洋太郎様、違いますよ。坊ちゃんはこの香水を大変気に入っています。今日は同じものを一緒に付けてきたのです」 「えっ、一緒に?」 「ええー、何それ?! 同じのを一緒に着けるなんて、超ラブラブのカップルみたい!」 「ら……え? かっぷる?」  香菜子の言葉に、七海は首を傾げた。同じ香水をつけるということに対して何も感じてなかったが、今の若い子たちにとっては何か大きな意味があるらしい。 「俺の七海に手を出すな! っていう晴太郎の強い意思を感じるわ」 「確かに、香菜子の言う通りだな……七海、愛されてるなあ」 「はあ……ありがとうございます……?」  よく分からなかったが、主人に愛されているのは素直に嬉しいので良しとする。 「七海ー!」  二人と話していると、よく通る主人の声に名前を呼ばれた。どこに行っていたのか、両手に皿を持って駆け寄ってきた。 「七海の好きなケーキがあったから、持ってきたぞ……あれ、かな姉さんと洋兄さん!」 「あ、晴太郎だー! イカした格好してるね」 「晴太郎、今日はなんか大人っぽいな」 「うん、七海に選んで貰ったんだ!」  二人の兄姉に褒めてもらえて満足そうだ。自分の選択は間違いじゃなかったようだと七海はほっとした。  落としたら危ないし、見ていて危なっかしいので晴太郎が持ってきた皿を受け取りテーブルに置く。 「3人で何の話をしていたんだ?」 「んーとね、七海に私のマネージャーにならないかってスカウトしてたの!」 「えっ? ええっ?!」  面白いおもちゃを見つけた、と香菜子がニヤニヤしながら晴太郎に言う。  これは香菜子の悪い癖だ。素直すぎる晴太郎で遊ぶのが楽しいようで、彼を見つけるといつも揶揄うような事をするのだ。  この手の冗談は毎度の事なので七海は苦笑いするが、何でもかんでも信じてしまう晴太郎は違う。ついさっきまで楽しそうにしていたのに急にあたふたし始めた。 「七海ってさ、優秀で見た目も良いから芸能界にぴったりだと思うの! だから、晴太郎のお世話係じゃなくて、私のマネージャーになって欲しくて。ね、七海?」 「香菜子様、ご冗談を……」 「え、七海?! 本当なのか?!」 「坊ちゃん、落ち着いて……」 「そんなの、駄目だ! 駄目に決まってる!!」  大きな瞳に涙を溜めて七海を見上げると、晴太郎はぎゅっと七海に抱きついた。 「七海は俺のだ! ぜったい渡さないからな!」  力強く抱きついてきた彼から、ふわりと自分と同じ香りがした。  まだまだ自分より小さな少年だと思っていたのに、思った以上に身体が大きくて、思った以上に力が強くて。  どきり、と心臓が跳ねた。

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