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9.甘いもの3
次の日になっても二人の間に流れる空気は重いままだ。全く話さない訳ではないが、特に何か会話をする訳でも無い。
「……行ってきます」
「はい……行ってらっしゃいませ」
いつもより覇気のない"行ってきます"といつもより抑揚のない"行ってらっしゃいませ"。バタン、とドアの閉まる無機質な音がひどく大きく聞こえて、七海は大きなため息を吐いた。
自分は一体何をしているんだ、と頭を抱えてまたため息を吐く。昨日の態度は決して主人に対してとって良い態度ではない。きっとひどい顔をしていたし、晴太郎を怖がらせてしまったかもしれない。もし昨日に戻れるなら戻ってやり直したい。
お互いに非があった。それを分かっていたから晴太郎は謝ってきたし七海も謝った。それで解決、仲直りのはずだが、どうも2人の間に流れる空気はギクシャクしたままだ。思えば、こんな喧嘩のような事をしたのは久しぶりだった。あれはもう何年も前のこと。まだ晴太郎が小学生だった時のことだ。
ーー坊ちゃんは、私の事が嫌いになってしまったのですか?
ーーえ、なんで……
ーー嫌いだから、約束を破ったのでしょう?
ーーちが……っ、ごめん、七海! 嫌いじゃない、ごめん……
ーーすみません。私も、嫌な言い方をして……
ーーうぅ……ぐずっ、七海、俺のこと嫌いにならないで……!
晴太郎が七海との約束を破り、友達と遊びに行ってしまったことがあった。時間になっても約束の場所に現れない晴太郎をとても心配したし、何事も無く帰ってきた彼に腹を立ててしまった。自分は本当に腹を立てた時、どうしても嫌味な言い方をしてしまう癖がある。あの時は、どうやって仲直りしたか忘れてしまった。
自室からベランダへ出て煙草に火をつける。何度煙を吸って吐いても、気持ちは晴れないし落ち着かない。
人間なのだから、誰だって隠し事のひとつやふたつ持っている。七海だって、晴太郎に喫煙者だということを隠している。自分は隠し事がある癖に晴太郎の隠し事にショックを受けているなんて、都合が良いにも程がある。大きなため息と共に紫煙を吐き出す。
深呼吸をしても考えるのは晴太郎の事ばかり。こういう時は気を紛らすために他のことをしよう。洗濯や掃除など溜まった家事。しかしそれらは毎週しっかりこなしている休日のルーティーンなので昼過ぎには終わってしまう。だったら、何か料理でもしようかとスマートフォンでレシピを検索した。
食べた物は何かと考えた時、真っ先に思い浮かんだのはチョコレートケーキ。晴太郎がいる時に、と思っていたが他に作りたい物は思いつかなかった。
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