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12.七海の弱点1

「酒は飲んでも飲まれるな、という言葉は知っていますね?」  昔、まだ七海が使用人見習いとして、須藤に色々と教え込まれていた頃の事だ。 「従者として、絶対に主人より先に酔い潰れてはいけません。いいですか?」 「はい」  あの時、まだ自分は未成年で晴太郎は小学生。酒のことなんて全く知らなかったし、主人が酒を飲める歳になるのはまだまだ先の話で実感がなかった。 「あの……もし酒が飲めなかったら、どうなるのでしょうか? 従者になれないのですか?」 「そうですね……酒の席に連れて行けないのは困りますし、対処を考えないといけませんね」 「そう、ですか」  直接的には言わなかったが、『酒に弱い従者なんて必要ない』と言われているような気がしてならなかった。体質的な問題で従者になれないなんて、なんて不憫なのだろうか。  母親は知らないが父親は酒豪だったので、きっと遺伝的にも問題ない。あの時の自分はそう思っていたが、全然違った。  それが発覚したのは、晴太郎の世話係として働きながら、大学生として学校にも通っていた時。  何度か酒を経験するうちに、体質的に駄目だということがわかった。少し飲んだだけで、ところ構わず寝る、吐く、記憶を失くす。最悪だ。1番危ないと思ったのは、コインパーキングで車輪止めを枕にしながら寝ていた時。本当に最悪だ。  中条家の人たちに情けない姿を見せたくない。酒に弱いと知られたら従者で居られなくなるかもしれない。晴太郎の傍にいる事が出来なくなってしまうかもしれない。だから今まで、七海は飲酒を避けてきたのだ。   * 「……み、七海!」    身体を揺さぶられて目が覚めた。少し頭痛がして、眉間に皺を寄せる。 「もうそろそろ着くぞ。っていうか、寝るなんて珍しいな。今日朝早かったからなあ」 「そう……ですね。早起きでしたね」  違う。これは早起きのせいではなく、確実にアルコールのせいだ。じんじんと鈍い頭の痛みがそうだと訴えている。  仙台駅に着いた頃にはちょうど昼時になっていた。元から予約していてらしい料亭で昼食をとったのだが、ここで乾杯の時、社長に勧められて小さいグラスで一杯だけビールを飲んだ。  この一杯だけで、主人を放置して眠ってしまう程度には酔いがまわった。幸い、他の兄弟や使用人たちも眠っていたようなので、お叱りは無しだ。 「坊ちゃん、すみません」 「うん?」 「つかぬことをお聞きしますが、私の顔、赤くないですか……?」 「え、赤くは無いけど。むしろいつもより白いような……具合悪いのか?」 「いいえ、お気になさらず」  顔が赤く無いのであれば、だいぶ酒は抜けているはずだ。もう大丈夫。晴太郎が少し心配してくれたが、酒で主人に心配をかけるなんて情けなさ過ぎる。なるべく彼の前ではいつものように振る舞いたい。 「本当に大丈夫か? もし辛いなら、父さんたちに言って俺たちだけ先に宿に行くか?」 「いえいえ、大丈夫です。遊覧船に乗りたいと仰っていたじゃないですか」 「乗りたいって言ったけど……本当に大丈夫なんだな?」 「はい、本当に大丈夫です」  実際、アルコールのせいで具合いが悪い時は外の風に当たるのが1番良い。多少頭が痛いが、これも外の風に当たれば治る。主人に心配をかけてしまった事が少し心苦しい。

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