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23.七海の決断5
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年明け初日の授業は、1限が空きコマだった。
だから、演奏ほ練習しようと、デュオのパートナーには休みのうちに伝えてある。1限の時間帯は朝早いせいか、練習室はあまり混雑しない。おかげでピアノが2台置いてあるレアな部屋の予約も簡単に出来た。1限は9時からだが、練習室はその30分前から開いていることを晴太郎は知っている。今まで上手く出来なくて迷惑をかけた分を取り替えそうと、約束の時間より早く来た。
休み前の自分の演奏は、本当にひどい有様だった。実力を見込んで組んでくれたパートナーに申し訳ない。これから良い演奏を見せて発表会は大丈夫だと、問題ないと安心させてやらなければならない。
朝の冷え切った練習室に、ポロンポロンと優しい音色が響く。晴太郎の弾く鍵盤の音が連なって、ひとつの曲を奏でる。
プーランクの「シテール島への船出」。幸せ、そして愛を想い描いた楽しげでハッピーな曲。愛を知った今の晴太郎に、ぴったりな曲だ。
休み前はあんなに馴染まなかった鍵盤が、不思議なくらい指に馴染む。ぴったりと吸い付いて、自分の手だと錯覚してしまうくらい、思い通りに音を弾く。耳に届くのは、どれも自分の思い描いた心地よい音色。
——ああ、これだ。これが、自分の音だとしっくり来た。
もう迷わない。愛する人が愛してくれたこの音を、晴太郎はもう忘れない。
晴太郎が紗香に連れられて家に戻ったとき、心配したぞと怒ったのは三番目の兄である洋太郎だった。普段可愛がってくれる彼が、晴太郎に対して怒ったのは初めてのことだ。
目に涙を溜めて、言葉を詰まらせながらも怒りをぶつける彼を見て、ああ、自分はなんてことをしてしまったのだと後悔した。七海に会いに行ったことに対して後悔はないが、誰にも心配をかけない別の方法はなかったのかと反省した。
父と二番目の兄である風太郎の反応は、あっさりとしたものだった。無事で良かったと、心底ホッとしてそう言っただけだった。
本当は怒りたかったのかもしれないが、洋太郎に泣きながら怒られたのを見た後だったので、遠慮したのかもしれない。たぶん、彼らの言いたいことは洋太郎が全て言ってくれたのだろう。
一番上の兄には、心配をかけるなと一言声をかけられただけ。それだけ言うと、さっさと家を出てしまった。忙しいのだろうか。離婚やら親権争いやら、自分のことで精一杯だったのかもしれない。年末年始の休暇中だというのに、その顔には疲れが見えた。
そして意外なことに、「もう帰ってこなかったらどうしようかと思った」と、泣きながら抱きついてきたのは、下の姉である香菜子だった。気が強い姉がこんなふうに泣いているのを見るのは初めてで、正直とても驚いた。
実はここ二年ほど、彼女と全く話していなかったのだ。それに何がきっかけかはわからないが、なんとなく避けられているような気がしていた。だから、てっきり嫌われているものだとばかり思っていた。
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