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24.私の主人はワガママな神様6

 七海は、幸太郎が金銭面で別れた相手の生活を支えていることを知っている。それに、離婚ではなく別居という形に落ち着いたことも、晴太郎から聞いて知っていた。相手の選択を尊重して解放してやるのも生活を支えてやるのも、何とも思っていない相手にできるわけがない。  これも、一つの愛の形。きっと、彼らがまた一緒に暮らす日は来るはずだ。  そもそも人を愛せないような人が、弟の未来を心配して会社を巻き込んだ策を講じるわけがないのだ。彼はちゃんと、正しい愛を知っている。 「……ふ、そうか」  七海の言葉を聞いた幸太郎は、小さく笑った。  手に持った電子タバコから筒を抜いて、静かに灰皿に落とした。 「……晴太郎を幸せにしなかったら、許さないからな」  そう言って彼は喫煙所から出て行ってしまった。  幸太郎が居なくなって、ふっと体の力が抜けた。壁に寄りかかり、大きくため息をつく。やっとタバコが吸える。 「良かったね、認めてもらえて」  今まで黙っていた風太郎が近くに来て、ポンと七海の肩を叩く。 「へっ? 認め、られ……?」 「うん、兄さんわかりにくいけど、あれはそういうことだよ」  僕らまた家族になれるね、と少し嬉しそうに言って幸太郎を追いかけるように、風太郎も出て行ってしまった。   「……認められた、か」  一人になった喫煙所でポツリと呟いた。  幸太郎は怖くて厳しい人だが、すごい人だ。苦手意識はどうしても消えないが、尊敬していることに変わらない。そんな人に、やっと認められた。  自分と晴太郎の関係に、もう懸念することなんてないのではないだろうか。  家族になれる、と風太郎は言っていた。七海も晴太郎とそうなりたいとずっと思ってきた。書類上では無理でも、一生そばにいるという誓いを立てることなら、いくらでもできる。  ずっと言葉にして伝えようと思っていた。左手の薬指に、誓いの印を贈りたいと思っていた。同時に、ピアニストとして世界を駆け回っていた彼の邪魔をしたくないとも思っている。そのせいで、誓いの印はずっとクローゼットの奥で眠っていて未だ役目を果たしていない。ずっと前に購入したのに、まだ一度も箱の中から出していない。しかし、それも今日で終わりにする。  今日のコンサートが終われば、彼の活動は一旦落ち着く予定だ。だから、今日しかないと思い持ってきた。それは鞄の中で、今か今かと出番を待ち侘びている。   「七海さん、おっそいですよ! 何本タバコ吸ってんですか〜」  席に戻ると、待ちくたびれた山田が口を尖らせていた。  時間には余裕があったはずなのに、いつのまにか数分後に開演が迫っている。ずいぶんひとりで待たせてしまっていたらしい。 「すみません、ちょっと話をしていました」 「えっ、誰かいたんですか?」 「はい。風太郎様と……幸太郎様が」 「ええっ!?」  大変だ、と山田が真っ青になり頭を抱える。とりあえず坊ちゃんに報告、ともうすぐ開演だというのに席を立とうとするので慌てて引き留めた。

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