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「合鍵」

   キッチンでお湯を沸かして、パンをトースターに入れてから、顔を洗って、服を着替えた。  コーヒーとスープとパン。準備が出来てから、啓介を呼ぶ。  なんかもうオレ、何がどこにあるかとか、結構知ってるなー……なんて、自分に苦笑。 「ありがとなあ、雅己」 「ん。早く食べて、ゆっくりしてろよ」 「ん。いただきます」  目の前の、すでに全然元気そうな啓介を見て、んー、と首を傾げる。 「頭痛いとかも、ねえの?」 「うーん…… なんか、頭の隅っこの方が、少し痛い……? でも、気にならん位」 「ふーん。……まあでも、無理しないで寝てて。オレ今日昼までで帰ってくるからさ。昼何食べたい? 昼と……あと夜と、ついでに明日の朝も」 「――――……泊ってくれるん?」 「え。……つか当たり前じゃん」 「――――……当たり前なん?」 「だって、何でもない時しょっちゅう泊ってんのに、お前具合悪い時帰るとか、全然意味わかんなくねえ? 来るに決まってんじゃん」  ……変な奴。  パンを頬張りながらそう言ったら、啓介は。  何だか、急に、ものすごく嬉しそうな顔で笑った。  え。  ――――……ドキ。とする。  ドキ、とした心臓が、そのまま、ド、ド、とうるさい。 「雅己のそういうとこ、好き」 「……そういうとこ……?」 「わからん? ――――……そういうとこ……」  うん。……分かんねえ。   「……まあ、そういうとこも好き、ていう。ほんの一部なんやけどな」  くす、と笑って、目を細められて。  何言ってるのか良く分からないのだけど、オレの心臓が、うるさいのは、分かる。  なんで、そういう顔、すんだろ。  ――――……視線がまっすぐすぎて。何か居たたまれない。  ほんと。  ……何なんだ、もう。  落ち着かないまま。  昼と夕飯に食べたい物を色々聞きながら、食事を終えて食器を片付けた。 「ベッドに持ってって、ちゃんと水も飲んでろよな?」  ペットボトルの水を啓介用にテーブルに置いてから、鞄を持って玄関へ。  見送りに来た啓介を振り返る。 「啓介、家の鍵借りてって良い? 寝てたら起こすのやだし。チャイム鳴らさず勝手に入るから」  そう言ったら。啓介が一瞬黙った。 「? 何?」 「ちょっと待っとって?」 「?」  啓介がいつも鍵を置いてる、玄関の棚のトレーには鍵があるのに。  それを渡してもらおうと思って言ったのに、啓介がまた部屋の中に消えてしまった。少しして、戻ってきた啓介は。 「……雅己、これ、持ってて」 「……?」 「合鍵。 もともと渡そうと思っとったから。それ、やるわ」 「――――……」 「これから先、いつ来てもええし、勝手に入って好きにしてええし」 「――――……」  ……なんて言っていいか、分からない。  ちょっと鍵を借りてくだけのはずが、こんな話になるとは、思わなかった。 「――――……」  黙ったままのオレに、啓介は、ぷ、と笑って。  鍵を手の平に乗せたままのオレの手を掴んで握らせたと思ったら。そのまま、ぎゅ、と抱き締めてきた。 「雅己がええなら――――……いつ越してきても、ええよ」 「……なんで、オレが引っ越すんだ、よ」 「だって雅己んとこ、違約金とか無くていつ越しても自由て言うてたやん。ここのが広いし、大学にも近いし。とりあえず一緒に住むなら、こっちやろ?」 「……つか、もう時間やばいし――……とりあえず、オレ行ってくる」  もう、何て言っていいか分からなくて、逃げで言った言葉に、啓介は笑顔で、すぐ頷いた。   「ん。気を付けてな」  ちゅ、頬にキスされて。  気恥ずかしくて、頷くだけで答えて、玄関を出た。  ……何でキスするかな。  ――――……何で鍵なんて、渡すかな。  で、何で、オレは――――…… 顔が、熱いんだ。  自分の反応が、さっぱり、分かんない。 「――――……」  電車に乗って、スマホを開く。 「ちゃんと、寝てろよ」  啓介に、そう、入れた。  そしたら、すぐに、「帰ってくんの、待ってる」と返ってきた。

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