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とある夜の二人

 ぱたり、と小さな音を立ててシーツにしみができる。遅れて、自分の開いた口から零れ落ちたものだと理解した。  四つん這いにされた体の下では、腹につきそうなほど硬く立ち上がった性器が興奮で濡れている。 「あ…、あっ、あァ……」  ぞわぞわと体を包む快楽に、声を抑えられなくなって感じ入った音を垂れ流してしまう。それに興奮する理衛が抽送の速さや角度を加減して、さまざまな快感を自分の体に与えては反応を楽しんでいる。  理衛のものが抜き差しされる感覚がたまらない。引き抜かれていく時の、内臓が引っ張られる感覚。押し込まれる時の圧迫感。良いところを突かれれば、頭で考えるより早く欲してしまう。  もっと、際限なく欲しくなって中を意識的に締めては腰を振って理衛を煽る。背後で上がる理衛のうめき声を聴くと悦びがじわりと迫り上がってきた。 「あっ、あっ…」  パンパンとリズム良く肉のぶつかる音がする。互いの動きを揃えればそれはより激しく派手な音になっていく。心地良くて中をきゅうと締める。 「ぐっ…!んぅぅ」  噛み締めた歯の間から、苦しげで甘い呻きを漏らす理衛にほくそ笑むも、実際には笑みを浮かべるだけの余裕が自分にはない。締めた分だけ中で震える理衛の肉の質量を感じる。身を穿つ律動にただただ欲情した。 「アッアッ、あ、きもちい、りえい、アッアッッ!」  ガツリと奥にぶつかる感覚に声が大きく上擦って、唇を噛んだ。元より喘ぐくらいしかできなくなった喉を叱咤して言葉を紡いでいる。それでも息も絶え絶えに名を呼んで、気持ち良いと口に出すのは理衛がそうすると喜ぶからだった。 「っ、フッ、気持ちいい、ですよねっ、もっと、声出して…ッ兄者…」  フーッフーッと荒い息を吐きながら奥へ奥へと打ち付ける理衛に促されながら、きもちい、きもちいと濁った声で叫ぶ。  聞き苦しいだろう譫言に、腰を掴む理衛の指がぐと食い込むのを感じた。そのまま強く腰を引かれて、手の中で握りしめていたシーツの皺が引きずられた指の軌跡を残す。尻だけを高く突き出した、あられもない格好を恥じる間もないまま、理衛のあたたかい体が隙間なく吸い付いてきた。  角度を変えて奥を穿たれ、また違う内臓の壁を這う理衛の熱がとうに回らなくなった脳みそを更に溶かしていく。 「あ、あ、あ、っ、ァ〜〜〜」  短い感覚で奥を押し込まれる。口は開きっぱなしで、ただ発声することしかできない。片頬をシーツに擦り付けるように崩れ落ちて、ビクンビクンと痙攣する体をまるで他人のもののように遠くに感じながら、口の端から溢れた唾液が広がってシーツに染みつけてしまうことが気になった。  ぼんやりとした意識の中、頭上から降ってくる理衛の声がだんだん情けない声色になって、回らない舌が幼く「あにじゃ」と繰り返しねだるから、ただ寝転がっているわけにもいかず震える腕に力を込めて上体を持ち上げた。 「理衛……」  弟の名を呼んでやれば、もはや条件反射のように「はいあにじゃ」と返ってくるのがどうにも愛おしく思えて、どうやってか可愛がってやりたくなる。  ぬるぬると滑らかに出し入れされる棒にわざとらしく、めちゃくちゃに腰を振って可愛がってやれば、理衛は高い声でヒァと小娘のように鳴いた。埋め込まれているのは自分の体だったが、まるで自分が理衛を犯しているような感覚になる。夢中で腰を打ち付ければ、ぐずぐずの鼻声で理衛が好きです好きですと繰り返した。泣きながら愛を吐き散らかす弟の、普段の隙のなさからは想像もつかない醜態が殊更に愛しい。こんな情けない面を晒すほどに、なり振り構えない理衛の余裕のなさから、愛されているのだと実感させられる。  だが、理衛を悦ばせれば、同じく自分の体も刺激の大きさに翻弄される。上手く腰が振れなくなってきて、ぜいぜいと喘ぎながら理衛の腰骨に尻をぶつけたのを最後にへたり込む。理衛も荒く濡れた息を吐きながら背中に覆いかぶさって動かなくなった。  くっ付き合って、しばし呼吸だけを繰り返す時間は嫌いではなかった。理衛はゆるゆると背の龍を撫で、俺は理衛の汗ばんだ体が呼吸のたびに上下するのを肌で感じながら黙っていた。  けれど、潰された体の下で雄はまだ熱を持っていて、体内に残る理衛のものも、まだ芯を固くしている。理衛の下で体を捩り、這い出そうと蠢けば、意図に応じた理衛が体を浮かす。  動きやすくなったところで、中のものを抜かないように体勢を捻り、息を整える。そのまま体を横抱きにされて唇が耳に目蓋に頬にと降ってくる。  「理衛」と静止の声を出せば、大人しく身を引いて理衛は俺が仰向けになるまで待った。 「……こんなに足を開いて…」  まだ入ったままなのだから自然とこうなるのは道理だが、ギラついた理衛の目が開かれた股の間に注がれていることに、羞恥で体が熱くなる。その感情に構わず、尻を両手で支えて更に割り開く。その卑猥な様に理衛の興奮した笑みが溢れる。プレゼントを手にした子どもが漏らすような感嘆の声をあげる弟に、倒錯的な気持ちが湧いてくる。 「あぁ、こんなに見えて……、兄者のここ、こんな……」  言いながら指で縁をさわさわとなぞられて、じれったさに声を漏らす。 「ハァッ、ハッ…そんなに俺のが欲しいですか?ねぇ兄者」  興奮した理衛の添わせた指がすでに拡げられた縁をみちみちと伸ばして穴を刺激する。ゾワリと背筋を駆け上る感覚に尻たぶを持つ指に力が入ってまた声が漏れた。 「んんっ、りえ…」  腰を上へと引っ張り上げられて、腰から下は宙に浮く。片脚を理衛の肩へと掛けられて、もう片方が所在なげに空を彷徨う。硬さのある自分のものが重力に逆らって立ち上がっている隙間から、理衛のものが自分の体に突き刺さっているのが映る。  上からするのだと理解して唾を飲んだ。これから与えられる深い抽送を思うと馬鹿みたいに口の中に唾が沸く。 「さ、兄者。どうされたいですか?」  興奮で赤く染まっている理衛の頬がどんな熱さをしているか確かめたいが、触れるには遠くて伸ばしかけた手を止めて目をぎゅっと瞑る。 「お前のが欲しい、もっと、ほしい…お前の好きに、されたい……」  ぶわ、と理衛の本能が牙を剥くのを肌に感じる。硬く閉じた目の暗闇の中でその牙がこれから己が望み通りに臓腑を食い荒らすことを思って、俺はああと息を吐いた。  体重を乗せて押さえ込むように何度も穿たれて、その度に喘ぎ声とも呼べない潰れたような濁音が喉から搾り出される。  垂直に降ってくる硬い猛りを素直に飲み込む体位のおかげで、腹の中の肉も形を変え知らない場所が擦れて新たな快感を呼ぶ。ぶんぶんと揺れる自分の欲から液が飛び散ってパタパタと白い跡が胸元に咲く。 「ァオ"、オッ、ォ、あ"っっ」 「ハァーッ!ハァッ、ハッァ、うっ、ウ、ぁーっ」  きもちいと涙まじりに漏らしたのは最早どちらか分からなかった。二人ともがそうなのかも知れない。  嗚咽しながら貪り合う様は誰に見せられたものじゃない。だが、お前にならいいかと、そう思えるようになってからするセックスは本当に気持ちが良かった。情けなくて汚くてかっこ悪いからこそ余計に。 「いぁっ、りえい!そこはぃやだァ!」 「嫌、じゃないでしょうが!」  ズバン!ズバン!と大きく腰をグラインドさせて理衛が吼える。 「あぁうーーッ!すきっ、すき、やじゃない、すきっ、ぅ、ぁヒッ」 「ああああ"っ…締まるっ」  正直なところ、そこが嫌なのか好きなのか分からない。ただ迫りくる感覚が恐ろしくて口にせずにはいられない。求めずにはいられない。 「りえい〜〜っ」  伸ばした手は、今度は丸まった理衛の肩口に触れた。そのまま懸命に手繰り寄せて体を近づける。理衛が薄く鼻で笑う気配がしたが、そのまま身を乗り出して理衛の首元に手を回して閉じ込めるように抱き締めた。 「今度はくっ付きたいですか」  嗜めるように言う理衛だが、でも俺を甘やかす気でいるのが分かる。  その通りだと素直に頭を縦に振れば、兄の我儘に付き合うのが愉しいのであろう理衛は笑みを深くして額に唇を落とす。理衛の大きな手が頭の後ろに回されて抱き締められる。心地が良い。ぎゅうと狭く小さく絡み合って互いの体温を感じあってから理衛の律動が再開された。  小さな二人の籠の中で無理やり腰を揺らす理衛に、安堵からか力が抜けて体が弛緩する。絡めていた脚を放り出し、揺らされるまま施されるままに快感を受け入れる。垂れ流される快楽のまま、舌を突き出して理衛の口内に差し入れれば、深く吸われる。唇と唇を忙しなく重ねて合間から溢れる唾液と湿った呼吸が二人を濡らす。 「も、イク、イく、りえ、あ、ィ……!」 「イって兄者、我慢しないで…ッ!」  理衛の言葉に反射的に縮こまりかけた体を止め、力を抜いて下腹部に意識を集中させる。理衛のものをぎゅうと締めて、それでもなお駆け上ってくる熱を奥で待つ。 「!!っ、ぃぁァ"……ッ!」  駆け上ってきた熱いものが勢いよく奥に打ち当たり、更にその奥を打ち抜いた。閉じていた目は見開かれ、ハク、と喉が震える。そこは。本当に。りえい。 「んああ"あ"あ"あ"あ"ッッッ!!!」  ぐぼんとやけに大きな音がして、次に星が飛んで、ブツリと頭のどこかが焼き切れた。真っ白な闇が視界を覆うまで弓形に反らせた背がビリビリと痛いほどだった。 *** 「兄者、本当に覚えてないんですか?」  茶化して返しているのか、それとも本気で尋ねているのか、なんとも判断し難い表情で理衛は片眉を引き上げた。 「覚えとらん」 「そうですか……」  目の前に置かれた茶托の上にトン、と湯呑みを置いて理衛は盆を脇に、指で顎髭を撫でた。理衛の考え事をする時の癖だ。  翌朝、痛む腹に手を添えて新聞を広げていたところ、理衛が申し訳なさそうに手を重ねてきたのがきっかけだった。痛みますか?とあの立派な眉が形もなくしょぼくれるので「お前が果てるところも見てやりたかった」と軽口を返したところ、理衛は「はい?」と表情を痙き攣らせたのだった。  俺には自分が達した以降の記憶はないが、理衛が言うには、あの後も俺は理衛を離さず、理衛の精根果てるまで、文字通り搾り取られたらしい。  理衛の淹れた茶を啜り、今日のは玉露かと、ほうとため息をつく。甘味がありつつ後味はしつこくない。 「…兄者がイけと俺を叱咤したのも覚えてませんか。尻を叩かれたんですが」 「……」 「はぁ、そうですか…」  そんなことをしたのか俺は。無言を肯定と正しく受け取って、理衛はぶつぶつと「刺激が過多だと記憶にも影響が?」だの、「たしかに感情面のコントロールは乱れがちに…」だとか呟きながら盆を仕舞いに台所へと消えた。  ……まぁ、やりそうではある。台所に消いく理衛の後ろ姿を、正確にはその尻を見送りつつ、妙な納得はあった。目線を戻し、ずずっと音を立てて熱い茶を飲むと、痛んだ腹にも僅かながら温かさが広がるような気がして、心地よい。 「次は控えめにして腹を労らんとな…」  それから、どれだけ理衛が情けなく果てたのかを覚えておくかと小さく笑って、読みかけの新聞に手を伸ばした。 了

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