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「篠塚先生!ほらこっちだよー!!」
「あぁちょっと待って!」
「あははっ!!」
キャッキャッと楽しげな声が響く、病院の庭。
「ベットばかりだとストレスが溜まるしつまんないでしょ」と、先生は時々みんなを庭に連れて行ってくれる。
ほんと、面倒見いいよね。
自分の仕事山ほどあるはずなのに、貴重なお昼休み使っちゃってさ。
でもこういう所が好きで、きゅぅっと鳴ってしまう心臓を服の上から抑える。
「凛くんどうしたの? 心臓が痛い?」
〝っ、〟
びっくりして見上げると、気付いて来てくれたのか心配そうな顔。
ぶんぶん首を横に振ると、安心して笑ってくれた。
「そっか良かった。あー先生もちょっと休憩〜〜」
僕の隣に腰を下ろし、「もう若くねぇな」とパタパタ手で仰ぐ姿に苦笑する。
〝おつかれさまです〟
「うん、ありがとう」
持ってたスケッチブックに、鉛筆で文字を書いた。
本当は手話を覚えた方がいいんだけど……覚えたらもう2度と喋れなくなってしまいそうで、未だに筆談だ。
「凛くんも一緒に遊べばいいのに」
〝ぼくは、見てるほうが楽しいから〟
「そっか。にしても、凛くん世代はみんな退院しちゃったね。あの部屋じゃ凛くんが1番先輩になっちゃったよ。寂しくない?」
こくんっ
「クスッ、強いね。でも、周りの子と何かあったら直ぐに言うんだよ? ひとりで悩んじゃ駄目だからね?」
よしよし頭を撫でてくれる、あの頃と全く変わらない温度。
優しくて思わず泣きそうになってしまって、ぐっと堪える。
(僕って本当弱い、もう出会って何年目だよ)
こんなに長い時間を共にしてるのに、先生には全然慣れる事ができない。
あの頃と変わらない弱い性格の自分に、本当嫌気がさす。
「みんな、元気だねぇ」
優しく笑う先生へ、少しだけ体を寄せた。
あぁ……なんて穏やかな時間なんだろう。
木漏れ日の中、貴方の隣にこうして座って、貴方と同じものを見て。
キャッキャッと楽しそうに遊ぶ声を聞きながら、逞ましい体にもたれかかって目を閉じる。
ーーこの想いが報われないことは、もう充分承知だ。
だから、
(だからせめて…こんな時間がずっと続けばいいのに)
………なぁんて、そんな事を思ったからだろうか。
「先生ー!!」「先生先生!」
「ん?」
〝?〟
騒がしくなって目を開けると、病室の子たちがひとりの女の人の手をグイグイ引いてこちらに歩いてきていた。
「先生!この人が先生のことさがしてた!」
「だからね、つれてきたよ!!
ーーこの人、先生の〝こんやくしゃ〟なんでしょう?」
〝…………ぇ?〟
「っ、何でここに来てるんだ」
「ふふふ、貴方がどんな所で働いてるのか知りたくて」
バッ!と立ち上がり、先生が女の人へ詰め寄る。
慌てた様子の先生に、女の人は優しく微笑んでいた。
(こんやくしゃ……って、まさか)
〝婚約者〟
この女の人が、先生の…シルウィズ様の、お相手の人。
(っ、う、そだ……そんな…こと、って………)
周りの子たちは先生をヒュウヒュウ冷やかしていて、「こら!」と怒っている先生も…少しだけ、顔が赤くて。
(ーーっ、)
ズキンッと痛む心臓を押さえつけながら。
僕はただ、座ったまま呆然と先生たちを見上げることしか出来なかった。
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