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「凛くんココアは好き?」 こくんっ 「そっか良かった。待っててね」 長くいるけど初めて入った、先生のプライベートな空間。 夜勤の時とか、ここで寝たりしてるんだな…… 「どうぞ」とマグカップが渡され、暖かくてほぉっと息を吐く。 「凛くんよく頑張ったね。ナースコール押してくれて助かったよ、ありがとう」 同じくマグカップを持った先生に微笑まれ、思わずキュゥッと心臓が鳴る。 (うぅぅ…顔が熱い……っ) 直視できなくてふらふら彷徨わせた視線が、あるものを見つけた。 「ん? どうしたの凛くん…… あぁこれね」 壁に無数に貼ってある、写真。 それは、場所は違えど全て海を撮ったもの。 「先生ね、海が好きなんだ」 〝ぇ?〟 「見てると、何だか懐かしい気分になってしまって」 〝ーーっ、〟 写真を眺める先生の表情は、とても穏やかだった。 「自分でもよく分からないけど、幼い頃から海が好きでいっぱい写真を撮ってたんだ。両親も海の見える色んな場所に連れて行ってくれてね。本当に……もう数えきれないくらい写真がある」 これらは、その中のほんの一部らしい。 「撮っていたら写真自体が面白くなっちゃって。でも先生は医者の一家に生まれたからね、自分も医者になった。けどやっぱり撮ることを辞められなくて、仕事の合間とかに撮りに行って……そんな時、彼女に出会ったんだ」 〝ぇ?〟 「〝そんな趣味があってもいいと思うわ〟と言ってくれた。まぁ、それが親が連れてきた婚約者だって後から知ったんだけどね。 ーーでも、もういいかなって」 〝もう、いい……?〟 「自分の趣味を理解してくれる人に初めて出会えて、それを肯定してくれて。もういいかなって思えたんだ」 (っ、あぁ…そうか……) きっと、両親に結婚をせがまれていたのだろう。 でも嫌で嫌で反発していて、そんな時ようやく何となくだけどしっくりくる人が現れて…… 笑う先生の表情は思ったより満足そうで、バレないようにそっと胸を押さえた。 〝ね、先生〟 クイっと隣の白衣を引っ張る。 「ん、凛くん? どうしたの?」 〝幸せに、なってくださいね〟 「ーーぇ?」 それは、ジェスチャー無しのただの口パク。 でも本当に精一杯の……心からの言葉を告げて、カタンと席を立つ。 「ぁ、ちょ、凛くんっ」 立ち上がる先生に〝おやすみなさい〟とジェスチャーして、素早くその場を立ち去った。 〝〜〜〜〜っ!〟 走りながら、ボロボロ出てくる涙をグイッと拭う。 (先生は…も、大丈夫だっ) きっとこの時代でも、幸せになれる。 「もういいかな」っいう結婚だろうと、相手があんなにいい人ならば…きっときっと上手くいく。 だからーー 自分の病室の前に着いて、息を整えてから他の子たちが起きないよう静かにドアを開けた。 (だから、もう……僕も、忘れよう) 前世の貴方との記憶も、今生での貴方との記憶も……全て 思い出として、僕の中に閉まってーー ーーーーカタンッ ビクッ 〝ぇ?〟 何かが、落ちるような音。 驚いてその方向を見ると、何故か部屋の窓が全開に開いていた。 (なんで…窓が…… ーーっ、え?) 恐る恐る近づいて、床に落ちているものに絶句する。 〝ぅ、そ…そんなっ、どうして、これがここに……っ!〟 それは、あの時姉さんたちから貰った、 ーーーー鈍色に光る、短剣だった。

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