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ひとりぼっちの僕たちに。

 クリスマスの人混みが、山女(やまめ)の気分を憂鬱にさせていた。だが、今日が何の日であろうと、山女に取っては、ただの日常でしかない。  それでも、去年までは楽しい思い出がないわけではなかった。家に帰ればワンホールのケーキが待っていて、2人じゃ食べきれないよと漏らすと祖母は「なんだか嬉しくなって、つい買っちゃうのよね」と少女のように優しく微笑んでいた。 「…山女?」  暖かい想い出を遮るように、雑踏の中から自分を呼ぶ声がした。こちらへ歩いてくる人影に目を凝らすと、見覚えのあるクラスメイトの姿だった。 「志水(しみず)…」 「偶然!丁度良かった!俺ちょっと困っててさあ〜」  築数の伺える外観の、お世辞にも防犯が良いとは言えない二階建て木造アパートに山女は住んでいた。  出された茶の入った湯呑みを手で包みながら志水はきれいに整理された部屋を見回す。 「お前ひとりなの?表札にもう1つあった名前、誰?」 「祖母だよ」 「ばあちゃん、へぇ、どっか出掛けてんの?」 「亡くなった。先々週」 「えっ?」 「――さっき話してた、困ってるって。何?」  淡々とした口調で山女は話題を変えた。志水の動揺したその顔を見ることなく茶を啜っている。 「ああ、それなんだけどさあ…」  志水は脱いだブルゾンのポケットから煙草を取り出しライターを点ける。山女はすかさず制止する。 「おい。吸うなら出て行け」  山女はギロリと睨むように志水を見た。 「何、ここ禁煙?」 「吸うなら通報するぞ」  志水は一瞬目を丸くさせ、すぐに吹き出した。 「あっはは!なにそれ。ヤバい!面白過ぎるんですけど!」  山女は冷ややかな視線を志水に向けたままだった。対照的な表情でせせら笑うかのように志水は続ける。 「お前さぁ。そんな生き方してて楽しい?真面目〜に生きてさあ、学校でもしかめっ面で。成績優秀なのも良いけど、三流高校(うち)じゃ無駄じゃね?もっと良いとこ行けば良かったのに!ばあちゃんはそーいうコト、教えてくれなかったの〜?可哀想に、酷いばあちゃ」 言い終わらないうちに志水の叫声があがる。 「熱ッ!」  山女が飲んでいた茶を志水に掛けたのだ。慌てて志水は濡れたニットを脱ぐと、山女を睨み、声を荒げた。 「何すんだテメェ!火傷し、」  志水の反論は山女に殴られる事で頓挫した。その力強さに志水は倒れ込むが、すぐに反撃すべく山女の肩を蹴りつける。山女はそれに怯むことなく志水の顔を片手で簡単に畳に抑えこんだ。  鬼のような形相の山女が志水を睨みつける。その迫力に志水は痛みよりも恐怖を強く覚えた。力の限り抗い、無我夢中で振った右手が山女の顔に直撃した。掛けられていた眼鏡は嫌な音を立てて畳を跳ねた。山女は小さく呻き声を上げ、口を押さえた手に血が伝う。志水はそれを見て思わず我に返り、青くなる。 慌ててブルゾンを掴み、起き上がろうとするが山女に踏まれ、志水は起き上がることが出来なかった。阻まれた足から上に視線を送ると口から血を流した山女が無感情な目でこちらを見下ろしていた。 「じゃあ、お前は?自分のその生き方が楽しいのか?」  その低い声と恐怖から目線を外した志水に「答えろ」と山女は追い込む。ここから早く立ち去りたい一心で志水は喚いた。 「お前よりはマシだよ!可哀想にな、慰めてくれるばあちゃんがいなくなって!いっそ、どこかに買いに行けば?!」  更に志水が言葉を継ごうとした次の瞬間、思い切り腹を蹴り上げられた。一瞬息が止まって吐き気が込み上がるのを我慢する。志水は涙目になりながら腹を抑え咳き込む。痛みで動けない体を無理矢理引っ張られ、ブルゾンの袖で両手を後ろに縛られる。 「テメェ!ふざけんな!離せよ!オイッ!」  志水は必死に踠くが縛られた手首は決して緩むことはなかった。抵抗できない体を畳に叩きつけられ顔から落ちると、くぐもった声が漏れた。  山女は落ちていた煙草を拾い上げるとライターで火を点け、それを志水の視界に入るようにゆらゆらと動かしてみせた。 「煙草の火の温度って知ってる?大体で600度以上。1番高い時で900度なんだって。それってね、火葬の温度とほぼ一緒なんだよ、知ってた?」  山女はゆっくりと目線を煙草から志水に移し、火をその顔に少しずつ近付ける。 「ずーっと肌に押し続けてみたら、そのうち骨まで見えるのかな?」 「や、やめて…、俺が悪かったよ!本心じゃなかったんだ!カッとなって思わず、だからっ」 「――だから?なに?」 「許して…、お願い、許して…」  志水は恐怖のあまり、とうとう泣き出していた。    その姿を見て、まるで肉食動物に喰われる小さな草食動物みたいだと、他人事(ヒトゴト)のように山女は引いて眺めた。 「――ねぇ、志水。俺のこと慰めてくれる?」  志水は両足を縛られ、かわりに自由になった両手を畳に着き、犬のように這い蹲り山女の性器を口に含んでいた。初めての感触に躊躇いながらも必死に口で奉仕を続けた。次第に顎が疲れ、唾液もうまく飲み込めずに涙も出る。 「下手くそ」  山女がため息ともに温度なく呟いた。  志水は内心、やったことがないんだから仕方ないだろうと腹を立てたが、山女の怒りを買うのが恐ろしくて殊勝な態度でごめんなさいとだけ答えた。 「吐いたり噛み付いたら殴るからな」  そう冷たく言い放つと山女は志水の後ろ髪を掴んで無理矢理口に性器を奥まで挿れる。ううっと志水は顔を歪める。山女は大きな掌で志水の頭の自由を奪い、乱暴に動かす。無抵抗な口の中を犯し、蹂躙する。志水の瞳からはポロポロと涙が溢れだしていたが、目を瞑りに必死にそれに耐えた。次第に抽送が早くなり根元まで一気に押し挿れるとビクビクと痙攣させ、志水の口の中にすべてを吐き出した。  志水は咳き込みながらも喉の中のそれを必死に飲み込んだ。  口からずるりと性器を抜かれ、飲みきれなかったものが志水の小さな唇を卑猥に濡らす。 必死に呼吸を整えるようとするも両足の縛られた部分を乱暴に持ち上げられ勢いよく畳に背中をつく。身体を半分に折り曲げられ、自分の胸に膝が当たる。誰にも見せたことのないような恥ずかしい姿と場所を山女に曝け出した状態だった。 「山女っ、やだよ!やめてよ!お願い!」  自分が女のようにされるんだと志水は一瞬で恐怖を覚えた。肉付きの悪い臀部を乱暴に掴まれ小さく悲鳴が出た。何の断りもなしに志水のそこに指が入る。突然のことに志水は動揺し「痛い」と喚いては暴れた。両手を必死に伸ばすが山女までは届かない。山女はお構い無しに狭く拒絶するそこに指を進めた。  何度そこを弄られても気持ち良くはならなかった。それどころか何か声にしないと怖くて今にも泣き喚いてしまいそうだった――。 「山女は、クリス、マス…好き…?うっ、俺、は両親が揃って、た頃までは好きだったなぁ、ケーキも食えるし、プレゼントだって貰えた」  何かに引っかかったのか、山女は一瞬、指を止めた。だが、またすぐに動き始める。志水は必死に話し続けた。 「7歳が最後、かな…あの日親父は帰ってこなくて…ケーキもプレゼントもあったけど、母親は泣いてて…親父は俺たちを捨てて、出てった…」  今度こそ山女の手が完全に止まる。ばたりと志水の両脚が力なく畳に落ちる。志水は天井を眺めながらぼんやり続けた。 「あの日からクリスマスは苦くて、最悪の想い出になった……」  山女の脳裏には去年までの優しい祖母の笑顔と暖かなあの想い出が蘇っていた――。 「次のクリスマスには他人の男が家にいた。そいつが来ると俺は部屋に入れなくて、3駅先の図書館まで歩いてって、閉館まで粘って、そのあとは公園で時間を潰した…、あれは本当に寒かったなぁ……」  身体を無抵抗に投げ出したまま話す志水の瞳からは静かに涙が伝う。 「色んな男がいた。優しい奴もいれば俺を邪険にする奴、殴る奴。今居るあいつもすぐキレて殴る。俺はこんなガリガリだから簡単にのされちまう。こんな風にお前にもな」  志水はくくくと喉で笑った。力無いその肢体は確かに痩せていて、年相応のものと呼ぶにはそれよりもずっと細く思えた。  山女は志水が家庭で何を受けているのか漠然と理解した。会った時に話していた「困っている」とは、この事だったのだと――。 「なあ、山女。お前から見て、俺は楽しそうに見える?」  それまで天井を仰いでいた志水は笑みを浮かべたまま山女を見た。それは幸福からくる笑顔ではなく、すべてを諦めた、憂いでしかなかった。ようやく山女は口を開いた。 「俺は、中学校入学と同時に母方の祖母に引き取られた。家族がまともに機能していたのは小学校の途中くらい迄で、その頃から父が何かで腹を立てると俺を殴るようになった。母は必死に俺を庇い続け、次第に心を病み、呆気なく自殺した」  志水は言葉を失った。ショッキングな内容だけにでなく、それを他人事のような無表情のままで山女が話すからだ。 「父親は俺を捨てて再婚した。新しい家族もいるから俺とは住めないと、祖母に俺を預けた。あの日から俺の家族は祖母ただひとりになった」  両手を使ってなんとか志水はよろよろと身体を起こす。山女の顔はどこか憔悴しているようにも見え、それはあまりにも儚げだった。 「志水の言う通りだ。何も楽しくなんかないよ。どこかにあの人がいるなら借金してでも買いに行きたいよ……」  悲痛な山女の叫びを聞き、志水は無意識のうちにその震える頬を優しく両手で包んでいた。山女は一瞬驚いた目をしたが、すぐに辛そうに顔を歪めた。そして、力強い手で志水を引き寄せると、ぎゅっと抱き込んだ。 「志水…俺…ひとりぼっちになっちゃった……」  どことなく幼げな口調に志水は酷く心を痛めた。自身の肩に山女から溢れる涙が落ちるを感じる。自分よりもしっかりした体格の山女があまりにも脆い存在に今は思えた。 「奇遇だな、俺もだ」  志水はこどもをあやすように優しく山女の頭と背中を撫でた。  先ほどまでの苛立ちも恐怖もなぜか志水からはすっかり消え失せていて、抱き留められた山女の身体は暖かいなと妙な安堵すら覚えた。 「なあ、山女。俺らもクリスマスしようか?」 「なに…?」 「ひとりぼっちのお前と俺でクリスマスすんの。惨めで、可哀想で、一周回って楽しいかもよ?」  山女は狐につままれたかのような顔をして志水を見た。 「お前…、俺に何されたか、わかってんの?」 「んー?まあ、でも俺の下のお口はまだ辛うじて無事だしさぁ」  わはは、と志水はわざと下品に笑ってみせた。その顔は赤く腫れていて痛々しい。自分が志水にした行為はかつて父親が自分に、志水が大人の男たちにされてきた事と何ら変わらない。山女の中で嫌悪感だけが募った。 「酷い事して、ごめん…」 「ううん、俺がお前の大切な家族を悪く言ったのが原因だし。まだ亡くして間もないのにさ、俺こそごめんな。それに俺、意外に頑丈なの!鉄は熱いうちに打てってね!」 「それはまた意味が違う…」 「あれ?へへ、俺馬鹿だから間違えちった!」  志水の良く言えば前向きな、悪く言えば脳天気な笑顔に山女は少し楽になれた自分に気付く。心が不思議と揺れ、中に温度を感じた。  山女は急に吹き出し、笑いだした。初めて見るその笑顔に志水は見惚れ、こんなに優しく笑えたんだと感動した。 「なあ山女、今日は俺と疑似家族ならぬ疑似カップルにでもなるか!まずはケーキ買いに行こうぜ!ワンホール!」 「2人じゃ食べきれないよ」 「良いじゃん!醍醐味じゃん!それにさ、なんか嬉しくなって買っちゃわない?」 「――同じ事、言うんだな…」  山女が切なそうに笑う。それはどこか泣いているようにも見えた。 「同じ?誰と?」 「教えない」  ケチ野郎と志水は口汚くボヤくと山女の手を取って立ち上がり、行こう?とドアの向こうへ誘う。山女はゆっくり頷き、その扉へ一歩足を進めた――

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