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6-2
そのとき唐突に、俺の中に不確かな決意が生まれたのだ。
しかしどうにも気持ちが落ち着かなくて、決心はついたものの真琴の裸体に目を奪われたまましばらく沈黙してしまう。
仮に俺達が恋人同士だったとして、真琴は俺になんて言ってほしかったのか。
そんなの行くなよって止めてほしかった? どうして?
下心見え見えキャンプ、楽しそうだよ。 気にせず行ってきなよ。 俺は君の恋人でも、図々しい男でもないから、真琴の周囲に出来つつある新たな世界に首を突っ込んだりしないよ。
──とうとう、答えが出た。
「真琴、この際だからハッキリ言うね」
「……ハッキリ? 何を?」
壁際に居た俺は、身動ぎした真琴の体を乗り越えてベッドから下りた。 沈黙の間に浴びたクーラーの風であっという間に乾いた体に、黙々と服を纏う。
真琴の目が、視線が、痛い。
セックスの後は必ず二人で風呂場に行き、後処理をしながら他愛もない会話をする。 それが俺達のピロートークだったから。
「いやその前に怜様っ、……お風呂は? お風呂入ろうよ、汗かいただろっ? あっ、アイスあるよ! 牛乳プリンも二つ買って……」
真琴が焦ったように上体を起こした。 その上、俺の気を引こうとアイスとプリンで釣ろうとしているが俺は子どもじゃない。
一度としておざなりにしなかった後処理が為されない事を察知した、不必要な敏感さに心が痛くなる。
眉尻の下がった捨てられた子犬のような表情を浮かべて、俺を見上げてくる。
……他でもない俺が、真琴をこんな風にしてしまった。
気持ちに応えられないなら、思わせぶりな事はしてはダメ──由宇から口酸っぱく言われてきた言葉がよぎり、刹那、胸を抉られた。
「……真琴。 俺は、真琴とは付き合えない。 今までうやむやにしてきた俺が悪かった。 ……はじめから、真琴とはこうなるべきじゃなかった」
「……っ、えっ?」
ごめんね、の言葉までは言えなかった。
三年もこんな関係を続けていたのに、今さらどの口が謝罪の言葉なんて紡げるだろう。
真琴はしばらく、唖然と俺を見上げていた。
あぁ、そうか。 俺、ここまでキッパリと言った事が無かったんだ。
疑念を切り出したところで、とんでも発言をされて終わる……だからこの関係に終止符を打てない。 話し合いが出来ない。
そうじゃなかったんだ。
俺が、無意識にそれを避けていたんだ。
「ちょっ、怜様……? おれがキャンプに行くって言っただけでなんでそんなこと……っ」
「キャンプは好きに行ったらいいじゃん。 俺に許可取らなくても、真琴はずっと自由なんだよ?」
「えっ……? うぅ……っ?」
「俺から離れたら、俺がどれだけ優しくないか、不誠実か、気付くと思うよ。 盲目はよくない。 俺に依存したっていいことないよ」
真琴のくせに喚かないから調子が狂う。
静かに動揺を見せる彼へ、口をついて出るのは恐ろしいほどにすべてが本心だった。
なぜこれを、もっと早くに言ってあげなかったのか。 突き放してあげなかったのか。
「怜様……っ、なんでっ? エッチの後に別れ話って……。 心にズドンッてくるんだけど!?」
「そもそも付き合ってないから別れ話でもないんだけど」
「怜様! 怜様っ、待って! やだ、やだよ、もう終わりみたいに言うなよ! ……っ、怜様! おれは怜様のこと大好きだよ! 大好きなんだよぉっ!」
「………………」
ベッドの上でぺたんと座ったまま、ようやく真琴は本領発揮した。
うるさい。 うるさい。
それを受け止めるこっちの身にもなってよ。
ただ俺は、この時ばかりは「嫌い」、「君を好きにはならない」と捨て台詞を吐けなかった。
付き合ってはいないという事だけ念押しして、恐らく真琴の心をズタズタに傷付けて、──。
「明日から、俺達は〝友達〟だよ」
真琴を説得するというより、自分に言い聞かせる。
「怜様ぁ!」と泣き叫ぶ声が、アパートの外に出てからも響いていた。
それでも追い掛けてこないのは、全裸の彼の中にまだ潤滑液が残っているからに違いない。
最低な〝怜様〟を必死に呼び戻そうとする声は、帰宅してからもずっと耳に残っていた。
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