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第10話
高校時代、依存が激しかった真琴は些細なことで嫉妬の炎を燃やし、泣きながら俺に詰め寄ってきた。
女子生徒と話をしないで。
誰とも視線を合わさないで。
必要以上に由宇とも仲良くしないで。
黙って出掛けないで。
放課後と休日は怜様を独占させて。
付き合ってもいない状態で平気でのたまう真琴の言動を、俺は行き過ぎた束縛だとは思わなかった。
はいはい、と言う事を聞いていた俺にもやはり、〝糠喜びさせていた〟落ち度がある。
友達のように淡白でなく、かと言って恋人と呼べるほど親密とも言えない。 ならばセフレという単語も可能性としては考えられるが、それよりも〝友達〟の比率の方が大きかった。
そのため俺と真琴を示す単語が何も当てはまらず、〝曖昧な関係〟と濁す事しか出来ずにズルズルとその関係を続けていた。
男子高校生には抗い難い性欲、失恋の痛手、そしてしつこく重たい恋情の押し付け……流されてはいけないと日々葛藤した、自身の煮え切らなさを近頃毎日自問している。
真琴と過ごした青春は本当に後悔に値するものだったのだろうか、と──。
「……ーい、おーい、怜様の番だよー」
「あ、あぁ、……うん」
「ストライクがんばって!」
頷いた俺は、立ち上がって真琴を見やる。
穴が三つ空いた重たいボールに親指、中指、薬指を入れ、底の滑りやすい専用靴でアプローチ位置まで歩み、構えた。
約十八メートル先に整然と並ぶ十本のピンに向かって投球するも、三本が残る。 雑念が多いせいか。
「あぁー! 惜しい! スペアファイト!」
「……うん」
うっ、……声が大きいってば。
この時間は俺達と同じ世代の若者はもちろん、会社帰りのサラリーマン連中も息抜きに来ている。
人生で一度か二度しか経験の無いボーリングというものを、真琴に連れられてプレイしているのは構わないが頭の中は「何故?」に尽きた。
周囲の視線を浴びながら、勝手にプレッシャーを感じて緊張の中投げた二投目ですべてのピンが倒れた。
「おぉー! 怜様さすがです!」
「……うん」
スペア成功に、真琴が立ち上がってはしゃいでいる。 彼が投球すると溝に落ちてばかりなので、ガター防止装置の付いたレーンに移動しようと提案するも頑として嫌がり、意地を張られた。
大学が夏休みに入り、一週間。
あれから友達活動が活発化している真琴に呼び出されるのは、今日で五回目。
月水金は友達の日だと定められ、一線を引いた真琴とこうして二人で遊びに出かけている違和感は拭えないが、正直なところわりと楽しいと思っている。
振り回されるのには慣れているし、真琴とは密の濃い時間を過ごしてきたので彼の性格も多少は分かる。
思えば俺達は、これにセックスがプラスされただけの関係だった。
それと、俺に対する真琴の熱烈な好意。
「──怜様の番だよ!」
「うん。 またガターだったの?」
「そうなんだよ! なんで左の溝にまっしぐらなんだろー」
「どうやって投げてるのかな。 ちょっと投げてみてよ」
「え、でも怜様の番……」
「いいから」
ピンを倒すどころかそこまで到達しないなんて、面白くないだろう。
隣のレーンでプレイする同い年くらいの男性の投球フォームを見て真似をしているらしいが、俺はそれが面白くない。
順番なんてどうでもいいからと、真琴にボールを持たせた。
「あ、待って。 真琴……指見せて」
「何?」
「人差し指入れてるじゃん。 それじゃボールが真っ直ぐ進まないはずだよ」
「えっ!? そうなの!?」
「いま人差し指入れてるところに中指、中指入れてたところに薬指入れて投げてみて」
「えーそんな事で変わるー?」
「嫌なら五本指のボール持ってくるよ。 あれ子ども用らしいけど」
「分かったよ!!」
初心者な俺の助言に「ほんとかなぁ」と首を捻りながら、人差し指を抜いて真琴が投げたボールは、勢いこそ弱かったがしっかりとピンまで到達した。
スローモーションのようにゆっくりと、しかし四本もピンが倒れている。
「わぁ!! できた! 怜様できたよ! 生まれて初めてピンが倒れた!」
「……良かったね」
「おれ次も投げていい?」
「いいよ」
「やった!」
大はしゃぎの真琴は、指の位置をきちんと確認しながら二投目を投げた。
スペアとはいかなかったけれど、また数本ピンが倒れたと喜び、俺にハイタッチを求めてきた。
出来なかった事が出来るようになったら、嬉しいよね。
どうせなら最後まで真琴が投げたらいい。
そんなに楽しそうな笑顔を見せてくれるのなら、毎日だって付き合うよ。
……こんな事は言えなかったけれど、ハイタッチした真琴の手のひらの感触が懐かしくて、俺は少しの間周囲の雑音が耳に入らなくなった。
真琴の笑顔に見惚れるのも、もう何度目か。
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