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目を丸くして僕を見つめる先輩に、優しく微笑んだ。
「先輩。
先輩は多分、笑う前に泣く事が必要なんだと思うんです」
あの日あんなことが起こって、すぐに親戚のところをたらい回しにされて。
「きっと、泣く暇なんて無かったんですよね」
だれも、幼い先輩の心に寄り添ってはくれなかった。
「どうして人は楽しさを感じるのでしょうか。それは、悲しみを知っているからです」
悲しみを知らなければ、今が楽しいということに気づく筈がない。
「辛い時だってそう。嬉しい瞬間がなければ、人は辛いという事がわからない。
先輩、それは笑うことにも当てはまると思うんです」
〝笑う〟ということは、〝泣く〟ということをしているから。
「心から笑うことが出来る人は、きっとその分心から泣くことが出来ている人です。
ーーだから、僕は今日、先輩を海に連れてきました」
海は、先輩の両親が亡くなった場所。
きっと冷たい石のお墓より、ずっと先輩の両親の魂に近い場所だ。
「先輩は話してくれました。お母さんのことや、自分の名前の由来。
きっと、忙しい中でたくさんたくさん愛情を貰ってたんですよね?」
そうじゃなければ〝葵〟なんて名前の由来を、今も覚えていないだろう。
大切な思い出だからこそ、あの時すぐに僕に話せたんだと思う。
「葵という名前は、向日葵なんでしょう?」
両親と一緒の時は、それはそれはキラキラした笑顔で笑っていたんだろう。
「そんな両親が、先輩のことを心配してない筈がないですよ」
今だって、きっと…この海の何処かから先輩の事を見てる。
自分たちの所為で辛い思いをしてしまっている先輩の事を、見守ってる。
「ねぇ、海ってすごぉく広いんです。
こんなにいっぱいいっぱい。だから、先輩がちょっと泣いたくらい……これっぽっちも分かりません」
こんな広い海の端っこで少し泣いたくらい、世界にとってはどおって事ない。
だから、だからーー
「先輩…も、無理しなくて、いぃんです……っ」
「っ、」
ホロリと、視界が歪んで涙が溢れてきた。
「……なんで、さっちゃんが、泣くの…」
「あ、ははっ、変ですね。
なんで、だろ……止まん、ない」
ポロポロ ポロポロ まだ先輩も泣いてないのに、涙が次々と零れ落ちてきてしまって。
見られたくなくて、両手でガシガシ目元を掻きながら顔を逸らす。
ふわり
「あーぁ、反則それ。まだ俺も泣いてないのに、泣くとか辞めて」
「っ、せんぱ」
ぎゅぅぅっと先輩の腕の中に閉じ込められて、濡れた服に顔を押し付けられた。
「ーー嬉し、かったんだ」
「ぇ?」
「いつも本当に忙しい両親でさ、でも俺の為に早く仕事切り上げてくれて……遠くのデパートまで欲しかったおもちゃ買いに行ってくれて、本当は凄く、嬉しかったんだっ」
「っ、」
「警察の人に連れてこられて、死んだ母さんの腕からプレゼントを取る時さ、俺警察の人に手伝ってもらっんだ。
抱きしめてる、腕が……固く、て………っ」
ポタリと、頭の上に何かが落ちてきた。
ポタリ ポタリ と、それはどんどん どんどん降ってきて。
「っ!」
震える先輩の背中に、ぎゅぅっと力強く腕を回す。
「俺、こんなに愛されてたんだなぁ…って……こんなにこんなに、大事にされてたんだなぁって、思って。
それから、叔父さんや義姉さんに何言われても、強く…生きて行こうって……っ、でも」
「ぅん。先輩は、本当によく頑張りました。
ーーもう、泣いていいんです」
「ーーーーっ、さっちゃ………っ!」
ガバリと、先輩が体重をかけてしがみ付いてくるのを受け止める。
(今まで、本当にひとりで耐えてきたんですね)
〝笑わない吉良先輩〟には、こんな過去があって、〝笑わない〟のではなく〝笑えない〟のだと、分かって。
「……先輩。
たくさん泣いて、前に進みましょうね」
震える背中を、ただただ撫で続けた。
「っ、くしゅ」
「あーほらさっちゃん風邪ひくよ。夏だからって朝の海は寒いんだからね」
あれから、濡れた服を乾かす為に砂場に2人で寝っ転がって、空を見上げている。
「ねぇ。母さんと父さんは、さっきのも見てたかな」
「見てますよきっと。安心してる筈です」
「そっか」
心なしか軽くなったような、先輩の声。
「さっ、さっちゃん帰ろう。そろそろ服も乾いたでしょ」
「ぁ、帰る前にひとつだけ提案がっ!
あの、もしよかったら卒業まで僕の家に来ませんか?」
「ぇ?」
実は、母さんに何かあったとバレた日。
ダメ元で全部話してお願いしてみたら快くOKをくれた。
「あんな家に先輩を帰すのは嫌というか……だから、もし良かったら…なんですが………」
「何それ、さっちゃん凄い男前じゃん」
「えぇっ!?」
「天然な子って思いついたら即行動なの?
何なの〝神様〟かなんか? やば、惚れちゃう」
「ぇ、え、 ーーーーっ、」
(ぁ…………)
「うん。
不束者ですが、よろしくお願いします」
真夏のまん丸な太陽の下、キラリと光る水面や熱い砂場に負けないくらいキラキラした髪をしてる先輩が
それはそれは 綺麗に、笑ったーー
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