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  ◇ ◇ ◇ 「じゃ、行ってくるわな」 「行ってらっしゃいなのだよ」  今日も今日とて眩いばかりの笑顔で九蔵を見送ったニューイは、一日分の家事に手を付ける。  九蔵がアルバイトに行ってしまう瞬間はいつだって寂しいが、働く九蔵を家で支えるのも結婚には必要なスキルだ。  本当ならニューイは九蔵をバイト先まで送り、もちろん帰りは迎えに行きたい。  待っている間に好きに見てもいいと言われたテレビによると、人間の世界は危険が多いし、痴情がもつれると刺されると言う。  修羅道じゃないか。危険すぎる。  しかしニューイの人間擬態能力では九蔵なしで人間らしく帰宅できないため、ダメダメと首を横に振られ続けていた。  結局はニューイの大敵、家具家電を倒さなければ、結婚も送迎も叶わない。 「むん。私が家事のプロフェッショナルになれば、九蔵もすぐに結婚を決めてくれるだろう。お昼の情報番組によると家事ができる男はモテるようであるしな……イケメンを磨くことを考えると、やはり私は戦うしかあるまい」  キリッ、と、九蔵が見れば五パシャはかたい真剣な表情をするニューイの目の前には、洗濯機。  今日は洗濯日和だと九蔵に教えてもらっているニューイは、洗濯機のドアをカパ、と開き、洗濯をするべく挑んだ。  まずは洗濯物を入れよう。  色がついているものとついていないものを分けなければならない。  ヒョイと手に取ったシャツは白い。洗濯機へ。インナー。白い。洗濯機へ。バスタオル。白い。洗濯機へ。  次に手に取ったカットソーを広げる。  白、と思ったニューイだが、眉間にシワを寄せてそれはもう渋い顔をした。 「模様が……ある……ッ!」  クッ、と奥歯を噛み締める。  白を基調にしたシャツなのだが、クシャクシャとペンキを汚したような淡い柄がはいっているのだ。  何度か服を木っ端みじんにしたニューイは、こういうものはどうしたらいいのか、休日だった九蔵に尋ねたことがある。その時の答えを一生懸命思い出した。  ホワンホワン、と浮かぶ愛しの九蔵。 『──……ーイ。ニューイ。だいたい白と色物で分けてほしいけど、困った時はタグ……うん。服のピロピロについてるやつの絵を見ろよ。どういうふうに洗濯するのか書いてあるかんな』  怒っていても愛らしい。  引き攣った口角も愛らしい。  たいへん申し訳ない。  叱られた悲しさと愛らしさの押し寄せる、複雑なお説教タイムだ。 「ああ、イイコだ……! 九蔵の言葉は一言一句間違えずに覚えられる私の脳よ……!」  マーベラス。コングラチュレーション。心ハレルヤ。悪魔だってハレルヤ。  ニューイはよしよしよし~! と自分の頭を自分でなでて、意気揚々と手に持ったシャツのタグを探し見た。 「…………」  そして、黙る。  そこに書いてあったのは、謎の記号。  意味がわからない。その文字からなにを伝える気なのか。  首を傾げてみるが、さっぱりきっぱり理解不能だ。  いったいこのカットソーは、ニューイにどうしてほしいのだろう。  言ってくれればその通りにできるよう努力するのだが、悪魔の世界の絵と違いこのイラストはしゃべらない。控え目な性格である。

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