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桜庭が思うに、九蔵はこちらの言葉の意図はわかるので鈍感ではないはずだ。
しかしあまりにも効果がなさすぎて、九蔵がわざとすっとぼけているのか、本気で桜庭が眼中にないだけなのかわからない。
「……九蔵」
「っ……?」
そうとも知らない九蔵の手を、桜庭が包み込むように、されど力強く握った。
じっ……、と微笑みを消した真剣な表情で、澄んだ瞳が九蔵を映し出す。
女性なら誰もがトキメク。
美人な桜庭なので、男でもクラリとくるかもしれない表情だ。
「いいか? つまり俺は、九蔵とまだ一緒にいたいと言っているんだぞ? 九蔵のことが──好きだからだ」
そしてハッキリとした告白のコンボ。パーフェクト王子はやはりパーフェクト。
ただその渾身のキメ顔が、焦点を合わせていない九蔵には見えていないことを、桜庭は知らないのである。
「……いや、おかしくね?」
「え」
告白を受けた九蔵は、ぼやけた視界の中で桜庭の額あたりを見つめながら、マヌケな顔で首を傾げた。
流石に友達としての好きを改めて言うわけないことはわかる。
つまりこれは愛の告白だが、直視回避によりイケメン補正を引いた九蔵のハートは、ちっとも理解できていない。
そーっとムード満点で掴まれた手をムードゼロ点でひっそり引いて、照れくささからジーンズで擦り、桜庭の体温を消す。
イケメンに触られて照れていることがわからない桜庭は、そんな嫌がらなくても、という気分だ。
「なんでとかどこがじゃなくて、おかしくね? っていう返事は初めてなんだが……」
「あ、いや、あぁと、言い方悪かったかもしんない。ゴメン。なんつーか、桜庭は、男が好きなのか?」
「え? えぇと、いや、男というか九蔵が好きになったな。これまでは女性との経験しかないが」
「うん。バイだから言うけど、その気がないマトモなノンケが会って二日でイケメンでも金持ちでも優しくも話し上手でもなんでもない俺に惚れるのはおかしい。ヤれるのと恋できるのとは全然違います」
「そんなシビアに恋愛見るのか……!?」
ノンノンと首を横に振られ、桜庭は「夢がない!」と嘆く。
九蔵からすると「俺が生きてんのは夢じゃなくて現実だかんな」である。
「桜庭さん、俺のどこが好きなんですか」
「どこっていうのはないけど、気がついたら好きだなと思っていたんだよ。そういうのは、小さな好きの積み重ねなんじゃないのか?」
「どこって出てこない小さな好きをいくら積み重ねても、二日で冴えない男へのガチ恋にはならんでしょーよ。一目惚れでもあるまいし」
「それは……そ、そう。財布を拾ってもらった時から気になっていたと思う」
「お巡りさんがモテモテになります」
「ほ、本も貸してくれたし」
「優しい人が好きでオーケイ?」
「言語化できないだけさっ。それにほらっ、九蔵に嫌なところはないんだ。全部好きだということだろう?」
「そら会って二日で嫌なところが出るほうが珍しいだろ? 一般人の俺は慣れてない人に気を使うのが当たり前で、わがままを言ったりしない。アンタもそうだった」
「俺は特になにも考えてなかったが……そう、趣味も合うし話していて楽しい!」
「それが同性なら普通友達じゃねーか? 楽しいから即恋愛になるか? 同性ってのは本当に見極めが難しいんだぜ?」
「くっ……」
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