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人と喧嘩することに慣れていない九蔵は、わかりあうまでの心の摩擦に耐えられなかった。
人と関わらず、好かれる努力をしなかった自分のせいだ。当たり前の結果。
人との交流を煩わしがっていたくせに、都合のいい時だけ〝自分の話を信じてくれ〟と言ったところで、うまくいかなくて当然に決まってる。
器用な九蔵は、納得した。
不器用な九蔵は、諦めるほうが楽だった。
そうして会社を辞め、すり減った心を補うために再就職を保留して閉じこもる。
〝とりあえず生きている〟
そんな自堕落な生活を送っていた。
それでよかった。
──はず、なのに。
『ぜ、前世からずっと好きでしたッ! 結婚を前提に、私に魂をくださいッ!』
九蔵に価値を見出してくれた、自分の気持ちを諦めない悪魔がいた。
何度失敗してもトライする。
知らない世界で長い時間求めた恋しい相手に拒絶され、理解できない機械と常識に翻弄され、それでも〝そばにいたいから〟とひたむきに抗う不器用な悪魔。
ニューイは九蔵が酷いことを言おうが、逃げ出そうが、誤魔化そうが、九蔵の全てを肯定するのだとぶつかってきた。
『私が愛した同じ魂だけれど、九蔵は九蔵……九蔵と笑って共に暮らせる距離を、私に教えておくれ』
不器用なニューイは、人とわかりあい寄り添うことだけは器用にできる、とても、とても優しい悪魔だった。
(俺のことが、知りてぇの?)
(俺に意見を聞いてくれんの?)
(俺で……いいの?)
トクン、と胸が高鳴る。
九蔵は、恋に落ちたのだ。
そしてあの一言で、急速落下した恋心を救いあげられ、抱きしめられたのだ。
怖がりな身体を、震えごと温かい腕で包み込まれて、微笑みが寄り添う日常。
干したての布団にくるまるように、自分が嫌いな自分を全て肯定する悪魔の腕の中は、安心する。
(今さら、手放せるわけねぇだろ)
ずっとここにいたいからこそ、どれほど不安になろうとも、かける言葉などなかった。
変化が、怖い。
命綱を離してしまえば、九蔵はまた心の底辺へ落下し、自分に見切りをつけた臆病者に成り下がる。
だって、傷つけるのも離れられるのも嫌われるのも、もう嫌だ。嫌だ。嫌だ。あぁ──嫌だ!
──本当は好かれたい! 好きな人に一番好かれていたい! 愛したい! 愛されたい! 俺と愛し合ってほしい! 俺だって、俺だって!
──幸せになりたいんだよ!
自分専用のハッピーエンド。
他の誰かとではなく、今、最も愛おしい人の、お姫様になりたい。
独りよがりな片想いではなく、お互いを支え合って幸福を目指す日々が恋しい。
伝えられない願望と悲鳴で、九蔵はもう心が爆発してしまいそうだった。
ニューイ、ニューイ。
心は爆発するんだよ。
破裂してしまうんだよ。
九蔵はあの日からもう何度も、そんなふうに口の中で語りかけた。
だが、言わない。
それほど愛おしい相手だからこそ、これほど悲痛に祈ることでも、言わずに食い締めてニューイにとってのハッピーエンドを優先できる。
もしニューイに嫌われれば、丸くなった九蔵はくしゃくしゃに潰れて壊れてしまうからだ。
ニューイだけは諦められない。だからニューイを困らせる気持ちは、言いたくない。
──大丈夫、平気だよ。
九蔵は自分に、ニューイに言い聞かせるために毎日笑う。
恋しがってニューイを困らせないよう、残りカスは、ちゃんとすり潰して隠しておいたのだ。
自分が勝手に惚れて勝手に寂しがっているだけだから、ニューイは、気づかなくていい。そう願っている。
「ニューイの笑顔が、好きだから」
個々残 九蔵は、こういう人間なのだ。
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