163 / 459

163

 九蔵はニマニマと笑いつつスマホをポケットにしまい、ニマニマと笑いつつうまい屋を目指した。  ニマニマと笑っている間にたどり着き、時間に余裕を持って声出しを終え、カーテンに区切られたすみで着替える。  別に、セックスなんて毎日好きなだけすればいいじゃないか。  わざと欲望を食べずに昂らされて抱き潰されるのも、慣れればいい。  中イキだって気持ちいいのだ。  ケツ? 殺してしまえ。  モデル業に精を出されて二人の時間が減るくらいなら、この尻の中で好きなだけ物理的な精を出せというもの。  下ネタバンザイ。  気分はサイコー。  悪魔でモデルで子犬な男の魅力を思えば、それを独り占めできている今、自分の肛門なんて小さな犠牲だ。  あぁ、やはり推し、いや恋人というものは素晴らしい。その尊さで全ての悩みが塵と化す。──世界が輝いて見えるぜ! 「俺は童貞非処女の星にな〜る!」 「おはス。ココさん」 「…………」  よし、死のう。  死んでキレイな星になろう。  ニコニコと喜色満面、シャッ! とカーテンを引いた九蔵は、無言のままシャッとカーテンを閉じた。  同じく早めに出勤してきていた澄央は、着替えを抱いたまま、星になるらしい先輩が立てこもるカーテンを見つめる。 「ココさん」 「…………」 「別にセックスなんて、のくだりから、全部口に出てたス」 「…………ア〜イ」  九蔵は両手で火傷しそうなほど熱した顔を覆い、そのまま着替えブースの床でしばらくうずくまったのであった。   ◇ ◇ ◇  それから「ニューイが来てからココさん俺にいろいろ晒しまくってるんで、今更ッスよ」とド正論をかまされた九蔵は、なんとか持ち直した。満身創痍で。  悔しいが事実である。  ニューイと出会ってからの九蔵は、昔の九蔵では考えられないほど他人に恥を晒している。ぐうの音も出ない。  九蔵はヘロヘロしながら、着替え終えた澄央の髪をいつも通り括ってやった。  持参したおにぎりも渡す。  めんどくさがって朝ごはんを食べずにくるのが澄央なのだ。  そんな澄央の世話を焼くのが、いつの間にか九蔵の当たり前になっていた。 「ナス、いい加減プリンやめて染めるか戻すかしろよ。ついでに髪切ってもらえば俺が括らなくても邪魔じゃないだろ?」 「ん〜しばらくこのままで」 「めんどくさがらねーの」 「めんどくさいんじゃねぇんだけどなぁ……」  括り終えた頭をポンと叩く。  ゴクリとおにぎりを飲み込んだ澄央は、九蔵の叩いた頭をなでて立ち上がった。  澄央は変わり者だ。  なんせ恥さらしな先輩をバカにしない。むしろご機嫌である。  曰く、もっと九蔵と親しくなりたかったらしい。恋騒動でいろいろ内側を知ることができてご満悦なのだ。 「じゃ、なんで髪切らねーんだよ」  尋ねると、澄央は髪に手を当てたまま、九蔵の目をじっと見つめた。  それから少し顔を近づけ、目つきの悪い目元を静かに細める。 「なんでって……俺、ココさんに括ってもらいたくて髪伸ばしてるんス」 「え? そうだったのか?」  ──バンッ! 「オイコラ野郎ども。なに事務所でラブロマンス起こしてんだ」  突然、勢いよく事務所のドアが開き、九蔵と澄央はビクッ! と揃って肩を跳ねさせた。  次いで発された言葉に声なきヒェェという悲鳴をあげるが、目の前の現実は変わらない。恐る恐ると視線をやる。  掠れ気味のハスキーボイスに、客前では絶対に使わない乱暴な口調。  そこにいたのは、軽く遊ばせたグレージュ系のショートヘアが小顔で細身な体躯とよくマッチしたスレンダーハンサム。 「お前らの髪がアフロだろうが縦巻きロールだろうがどうでもいい。ただし、商品に一本でも入ってたら毛根から刈り上げるぞ」 「お、おはようございます」 「おはようス、っざいます」  店長──増尾(ましお) (さかき)。  榊は複数店舗を兼任しているのでたまにしか来ないが、それでも誰も逆らえない、この店の皇帝である。

ともだちにシェアしよう!