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事務所に引っ込み着替えを終えると、ニューイとズーズィからメッセージが届いていた。
ズーズィのほうは量が多いので帰宅してから確認することにし、ニューイのほうを先に開く。
『お仕事、お疲れ様です。今日は早くお仕事を終わらせられたので、晩ごはんは私が作りますよ。カレーライスです』
いつも通り丁寧なメッセージ。
プ、と吹き出す。
普通に作ればどうしたって大きな失敗にはならないカレーライスをチョイスしたあたり、賢明な判断だ。
部屋の破壊率が下がった代わりに、ニューイは料理にチャレンジしている。
成果は奮わないものの果敢にトライしたり、律儀にメニューを報告するニューイを思うと、九蔵は頬がニヤけそうになった。
トントンと画面を叩いて『おつかれ。今から帰る』とだけ返す。
カレー楽しみ、は心の中で。
照れ屋のムシが疼くのだ。
素っ気ないメッセージだが、九蔵はちゃんと返事をする。趣味やバイトで遅くなっても、家で既にニューイと会っていても、ちまちまと返事をする。
察してくれ。そういうことだ。
シャイボーイの九蔵さんの言葉なき〝ニューイのマイン嬉しい〜!〟である。
すぐに既読がついて愛らしい子犬のスタンプが届き、しみじみと眺めた。
省エネ人間の九蔵がホットになる時は、王子様関連ばかり。名残惜しい気分でスマホを閉じてポケットにしまう。
夕刻に送られたメッセージだ。
現在は夜も更けきっている。
──今日のディナーは、ちゃんと食べられるカレーライスが出てくるのだろうか。
「くく。手作りカレーね……隠しきれてない隠し味を入れまくってる程度なら、まだ王道かな」
「手料理を振舞ってくれる彼女持ちとは……はぁ。ココ殿、リア充ですな。相容れないでござる。えんがちょ。起爆スイッチがあれば押して参る」
「…………」
着替えを終えた越後がいつの間にやらそばにいて、九蔵はスッ、と緩みかけた頬をガチガチに引き締めた。
今日はやたらと恥ずかしいところを人に見られている九蔵である。
呪われているのか? 悪魔に取り憑かれているので、可能性は否定できない。
「あー……マイン返してただけだぜ。俺に彼女はいないです」
「完全にメス顔だったでござるよ」
「わかった。帰ろう」
「なぬっ!?」
九蔵はバックパックを背負い、話をちょんぎってスムーズに外に出た。
万が一恋バナになんて発展したら、恥ずかしすぎて越後と顔を合わせたくなくなる。澄央とズーズィ以外はまだ恥ずかしい。
越後は「やっと打ち解けた新人を置いていくなんて酷いでござろう!」と文句を言いながらも着いて出てきた。
やはり見た目よりタフだ。
メンタルが。
「あ〜あ〜。田舎から出てきた拙者に街の人間は冷たいでござるな〜。お上は横暴で恐ろしく、ナス殿はあれこれと瑣末な問題にケチをつける。ココ殿まで拙者をあしらうとは、高い時給とまかないメシに惹かれて応募した拙者が浅はかだったでござる」
そう言いながら帰る方向が同じなのか、越後は九蔵の隣に並ぶ。
逃げられなかった。なんて日だ。今日はずっと運が悪い。
完全に意識を逸らすべく適当な話題を振ってしまおう、と九蔵はあたりさわりなく完全回避を目論む。
「イチゴくん、でいいよな」
「無論。お上のネーミングセンスでなぜかみな食物の名前をつけられるのでござろう? 致し方なし」
「よい判断ですね。イチゴくんはさ、ここらに住んでんの?」
「そうでござる! 最近この野菜市に越してきたので仮住まいでござるが、何れちゃんと部屋を借りるつもりでござるよ」
「そっか。使命があるって言ってたから、それのために出てきたってことな」
てくてくと歩きながら話すと、越後は「いかにも!」と頷いた。
やけに生き生きとしている。
使命がなんなのかはわからないが、夢があるのはいいことだろう。
やりたいことのために知らない場所に出てきてアルバイトをしながら暮らす若者は、立派じゃないか。
「どんな使命なんだ?」
九蔵は少しだけ心のドアを開き、微笑ましい気分で越後の黒い頭を眺める。
越後は瞳をキラキラと輝かせ、満面の笑みを浮かべて答えた。
「悪魔祓いでござる!」
「…………そっか」
もちろんその瞬間、バタンと九蔵の心のドアが閉じ、厳重な鍵がかかったことは、言うまでもなかった。
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