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「……そういえば、九蔵。今日は朝から夜までのシフトなのだろう?」 「ん。そう」  ジャム塗れになった大型の子犬は、しょんもりと眉を下げて九蔵を呼びながら指パッチンをした。悲し気なパッチンだ。  フワリと浮かび上がって瓶の中へ戻っていくジャムたちを眺めつつ、九蔵はサクサクとトーストを頬張る。  ああ、穏やかだなぁ。  これが世界平和かもしれないなぁ。 「実はコレコレシカジカで、真木茄 澄央と秘密のイタズラを考えてね。今夜は見せつけるようにお迎えに行き、その越後 明日夏とやらにラブラブ彼氏マウンティングを取り宣戦布告をする予定だよ。楽しみに待っていておくれ」 「全く穏やかじゃないですね?」  平和ボケして推しメンとの朝を堪能していた九蔵は、途端にカッ! と戦国時代の武将がごとき目つきでニューイを刮目した。  待て待て待て待て。待ってくれ。  ツッコミどころが多すぎる。  ──は? ナスとイタズラを考えた? ラブラブ彼氏マウンティング? 秘密って言っちゃってますけど……え? 私は九蔵に包み隠さずあけっぴろげるからね、って、なんだそのドヤ顔。ちょっとワイルドみがあってしんどさある、じゃねぇ!  穏やかとは程遠くあまりにも情報過多な発言に、九蔵の頭はクラリと揺れた。  ニューイが流れるような手つきで九蔵の頭をポンポンとなでてくれるが、絆されてなんてやらん、と九蔵は不貞腐れる。やや許しかけたが。 「ぅよし。ちょっとお話ししましょう」 「ちょっとじゃなくてもいいよ」 「シャラップ」  天然デレデレ発言は禁止だ。ニューイを黙らせ、じっと見つめる。喜ぶな。 「ニューイは突然バイト終わりにお迎えに来て、俺をドッキリさせるイタズラをナスと考えたんだよな?」 「うむ」 「イチゴくんに喧嘩売、ゴホン。挨拶すんのはなぜですか?」 「それは九蔵が最近、越後 明日夏にかかりきりだからだね。真木茄 澄央に『必ず会って顔面で殴ってくるス』と言われているぞ。とはいえ、私は顔で殴打したりしない」  澄央。コノヤロウ。  うちのド素直悪魔様になんてことを教え込んでいるんだ。顔で殴打て。  九蔵は澄央を恨めしく思ったが、ニューイにコレコレシカジカの詳細を教えられると、そうも言えなくなった。  どうやら九蔵をよく知る澄央が見れば不自然なくらい越後に構っていたせいで、澄央に不平等な思いをさせていたらしい。  思えば、目ざとい澄央が一度「最近イチゴに構いすぎじゃないスか」とボヤいた記憶がある。 (……アレ、拗ねてたのか) 「のけ者が一番つまらないと言っていたよ」 「はい。おっしゃる通りです」  罪悪感に苛まれたところに正直者の恋人からダメ押しを食らい、九蔵は打って変わって骨ばった肩を丸く縮めた。  よく考えると、事情を知らない澄央からすれば酷い話だ。  同じ後輩なのに態度を変えた。  友人でもある澄央は、ただの後輩よりも嫌な気分になっただろう。不甲斐なし。  言い訳をさせてもらえるなら、越後の家系がエクソシストだとか悪魔祓いの使命があるだとかは、勝手に人に話していいことじゃないと判断したせいであった。  だから澄央にもズーズィにも相談しないでいたのだ。  結果、大ピンチである。 (あぁぁぁぁ……! 悪魔とエクソシストの遭遇を回避しようと必死になって、草の根活動が裏目に出た……! まさかそんなとこからバイト先訪問イベント発生とか、聞いてねぇんですけど……!)  九蔵はガックリと項垂れた。  こうなったら直談判しかない。 「ニュ、ニューイさん」 「なんだい?」 「俺がイチゴくんに会ってほしくないって言っても、ドッキリすんの?」 「う、うむ。九蔵のお願いはなんだって叶えたいが、盟友との約束は守りたいな。それに、私にも大好きな九蔵をお迎えに行きたい、という下心があったりする……キミの恋人として飽きられないよう、サプライズをしたいのだ……!」 「…………」  ──ということで、イタズラ決定。  拗ねている澄央への罪悪感だけでなく、思いのほかノリ気で意気込んでいたらしいニューイへのしんどさによって、九蔵はあえなく陥落してしまった。

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