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「? どうしたでござるか?」
「なんでもないよ。帰ろうぜ」
九蔵は不思議がる越後を軽くあしらい、てっちてっちと小粒な足取りで自宅へと続く歩道へ足を進めた。
その時だ。
人気のない住宅街の道の上空から、フワァ~、となにやら仁王立ちする人物が、見覚えのある翼を広げて舞い降りてきたのは。
「…………」
「…………」
九蔵と越後は、踏み出しかけた足を同時にピタ、と止めた。
晴れた夜空に輝く月をバックにスローで舞い降りる男には、翼だけでなく、見覚えのあるニョロリと長い尻尾も生えている。
そしてなぜか、首がない。
シルエットがホラーだ。
よく見ると見るからに異形の右手でガッシリと掴んでいるのは、男のトレードマークであるツノあり頭蓋骨だった。
しかも九蔵を見つけて、嬉しそうにカラカラカラと言葉なく戦慄いている。ホラーでしかない。
感情でカラコロと動く骨。分離式。
実に覚えのある頭蓋骨じゃないか。
男はトン、と目の前に降り立った。
翼をしまい、手に持った頭蓋骨を正面に向けて、越後の胸にポス、ポス、と何度かあてがう。
それからフォンフォンと脳内へダイレクトに響く、耳心地の良い深く穏やかなイケボイス。
『フフフ……顔面で殴ったのだ。これで盟友との約束は果たしたのだよ』
「…………」
「…………」
この間、たった数秒である。
──あぁ、拝啓どこかの誰か様。
擬態していればワンチャンイケると思っていたのに、悪魔百パーセントの彼氏があまつさえ堂々と舞い降りてきた場合、どうすればいいでしょうか。
「……気をつけ」
『へっ?』
「気をつけ」
『ワンッ』
九蔵はとりあえず越後がフリーズしている間に、悪魔──ニューイが手に持っていた頭蓋骨をひったくり、ゴン、とボディへジョイントした。
そのままスッスッとジェスチャーと口パクを駆使し、〝今すぐ擬態してください〟と命じる。九蔵の目は、完全にお説教をする時の目と同じだ。
ニューイが素早く擬態すると、一瞬でいつもの王子系イケメンが現れた。
モデルをしていた時に貰った服を着こなしていて、髪もセットしている。
やけにオシャレをしているじゃないか。イタズラをするために気合を入れてきたのかもしれない。バカタレ。
よし、これで押し切ろう。
「……ハッ! こ、ココ殿ッ! これ悪」
「イケメンです」
「え? いや悪」
「イケメンです」
「でもさっき悪」
「イケメンです」
フリーズから回復した越後がニューイを指差し茫然と指摘するたび、九蔵が間髪入れずに補正をかける。
直立不動のニューイはプルプルと震えて頭上に?をいくつも飛ばしているが、九蔵が「気をつけ」と言ったので動かない。
「ニューイ。自己紹介」
「はい。ツノ骸骨のニュ」
「ワンモア」
「ただのニューイであります」
ビシッ、と敬礼をし、直角の礼をするニューイ。キチンと躾がなされた子犬というものは、実によく飼い主の命令に従うものである。
例えなぜ命じられているのかわからずとも、飼い主がマジだ、ということはわかっているらしい。
九蔵は深く頷き、隣でニューイと九蔵を交互に見つめる越後の肩をポンと叩いた。
「イチゴくんはさっき、悪い夢を見たんだ。この通り、ニューイはただのイケメン。言うこともよく聞く。悪さをするなんてとんでもない! 善良なイケメンだろ?」
「エェェェ……! 流石にそれは無理がござる……!」
「無理も通せば道理になる」
「いやでも夢にしてはやけに鮮明な」
「今時は夢も高画質ですからね」
「VRよりリアルだったでござるよ!?」
夢にしてはリアル過ぎたぞ! と感情的に吠える越後と、いいや今目の前にいるニューイは人間なんだから夢だった! と理論的に言い張る九蔵。
──そんな二人の言い合いが、ギャーギャーワーワーと混沌を極めた時。
今度こそ、一筋の光明が差した。
「うるせえんだよ人の店の前で騒音まき散らしやがって夜中にお前らの寝床忍び込んで般若心経大音量再生中のヘッドフォン装着してやろうか」
「ギャンッ!」
違った。稲妻だ。
突然悲鳴をあげた越後の背後へ振り向くと、そこにいたのはうまい屋の帝王こと、店長・榊であった。
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