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第五話 クリスマス・ボンバイエ
十二月。
それは全世界が浮足立つ魅惑のイベントが目白押しの冬を彩る、ラブロマンスの入り口だ。
クリスマス。年末年始、バレンタイン。
九蔵、冬の俳句。美しい。
これまで九蔵はそれら全てのイベントに興味がなく、強いて言うならゲームのイベントが火を噴きすぎて時間と金が燃え盛る期間、くらいの認識だった。
そう思うと美しい俳句が出てくるくらいには、自分は今までより浮かれているのだろう。
冬のイベント。メリクリ。あけおめ。ことよろ。ハピバレ。──しかし。
浮かれポンチな九蔵には、一つ、懸念事項があった。
しかもそれをニューイになかなか切り出せず、考え込んでいるうちに十二月に突入してしまい、かなり焦ってもいた。
「悪魔……クリスマス、祝うのかね……」
懸念。敵性反応。
キッチンで持ち込まれた高級昆布やらカツオやらで出汁をとり、カニやら鯛やら地鶏やらのお高い食材を調理して鍋のおかわりを用意した九蔵は、しっとりと呟いた。
ここで一人で考えても仕方がないのは百も承知だ。
しかし、なんとかなるのでは、と思っている節もある。ニューイと自分は一皮むけて、夜の営みも順調なわけだし。
「はい、おかわりお待ち」
「く、九蔵っ」
九蔵が鍋を抱えて部屋に戻ると、ワイワイと騒がしい面々が口々に声を上げた。
コタツに進化したちゃぶ台の真ん中に鍋を置くと、待ってましたとばかりに一斉に話し始めるマイペース三人衆。
「九蔵、たいへんなのだ……! 天蓋付きのダブルベッドをこの部屋に置くとちゃぶ台を置くところがなくなってしまう!」
「引っ越ーしっ! 引っ越ーしっ! さっさと引っ越ーしっ! なーなーボクんちの隣の部屋買ってあげようか? その代わり二人とも全身タイツで三回回ってムケーレンベンベの真似してちょうだいねェ! それ撮影してウーチューブに上げるからァ~!」
「それよりココさん、引っ越すなら俺んちの向かいのアパートとかどうスか。俺んちより家賃高いんスけどそのぶん広いスよ。築浅の1LDKでLD14畳寝室8畳対面キッチンにオシャレな壁紙。南向きのバルコニーはもちろんオートバスにエアコン付き。風呂トイレ別洗面所あり室内洗濯槽あり。しめて四.五万円。ニューイと折半したら今より安いスね。やったぜ。そういうことス」
「ちゃぶ台がなくなったらどこでたまご焼きを食べればいいんだい……!? ハッ! わかった、レジャーシートだね!」
「はいバカ~! はい引っ越し決定~!」
「駅は遠いスけど、コンビニまで徒歩五分ス。スーパーもあるス。郵便局もあるス。チャリあれば余裕で天国の立地ス」
「てかニュっちなんでレジャーシートとか出しちゃってんの? お弁当持ってタワマンハイキング行くっきゃねぇって? 天才じゃん。当然クーにゃんお弁当作れし。おいなりさんマストにゃ! あ、スモッチも持ってきて。遊園地クリアできなかったからモンスターマルオブラザーズやろ~」
「よしきた。だけどいいのかい? ズーズィは九蔵にモンスターマルオブラザーズで勝てたことがないじゃないか」
「そのボクにすら勝ったことねーニュっちが一番雑魚説濃厚ですけどぉ?」
「ピコピコは苦手なのだ……」
「もちろん駐輪場付きで駐車場も月五千円で借りれるス。専用ネット回線付きスよ? しかも最近さらに最速回線に変えたって話ス。俺らオタクには光回線がマストでしょ。つまり時代はイチゴの隣部屋より俺の向かいアパート。引っ越すしかねぇ」
「しかしモデルの撮影ならクリスマス限定品に冬季新作、福袋の宣材までほぼ一発オッケーだったのである。むふん。九蔵の私は雑魚ではないのだよ」
「ドヤ顔鳩胸いただきましたー。棒。ちなその時なんのこと考えてたのか言ってみムッツリドスケベ雑魚ツノ骸骨」
「その時はかなり忙しかったのでひたすら九蔵とデートと九蔵とディナーと九蔵とスウィートルームと九蔵とバスタイムと九蔵とエ」
「うわきっしょっ! クーにゃん聞いた!? お巡りさぁぁぁぁぁんこの悪魔変態ですエクソシスト呼んでぇぇぇぇ! あとクーにゃんその時のニュっちのオフショット一枚二千円で買う?」
「買う」
「ナッスンじゃねぇし」
即座に反応した澄央へ、語尾に笑いの記号がたっぷり付きそうな勢いでゲラゲラと爆笑するズーズィ。
そして冬の多忙な撮影中に考えていたらしい九蔵の妄想を指折り数えて呟き続けるニューイは、二人の話を聞いていない。
ニューイの意識を奪う魔法の言葉が〝九蔵〟なのだ。バカである。
「なんでもいいけど、近所迷惑になるから音量にはお気をつけてくださいな」
狭いアパートの一室でコタツに入りびたるおバカトリオに呆れた顔を取り繕いつつ、九蔵は反射的に取り出した財布を尻ポケットにしまった。……バカである。
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