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 突然ダンスを辞めて寄り添った九蔵に、ニューイは目を丸くして硬直する。  強引さや乱暴さは一切ない。  九蔵はただ体を寄せ、フワリと腕を控えめに回しただけだ。  それでも基本的に自分から誰かに触れることが滅多にない九蔵からのスキンシップは、ニューイの時を止めたらしい。  けれど今はお構いなしだ。 (いやもう好きなのだが……? 好きが止まらんのだが……? 鳥肌と脳内の湧きが噴火超えてビックバンなんだが……? ていうか……ていうか……──) 「大しゅきなのだが〜……っ」 「っ、ぅ……!?」  九蔵はスマートな見た目より厚い胸板に当てた額をスリスリと擦りつけ、吐息のような悲鳴をあげた。  ニューイがビクゥッ! と動揺し顔を真っ赤にしていることも気づかない。  オタク脳の語彙が正常に作用した九蔵の変換機能はバカである。 「はぁぁ〜……俺結構我慢してんのにお前それ軽く超えてくるんよ〜……うさ耳燕尾服ホントは最の高で湧きかけましたよ……お宅訪問は聖地巡礼だし洋館バックに撮影会しようか三、四回血迷いましたしね……。虐められて涙目かわいいしオレンジジュースオススメとか幼児だし質問への返し悪魔なのに神だしはぁぁ良きの暴力……悪魔王様からさり気守ろうとするとこ百万キュンです……人前でタラすのやめてほんと〝後でな〟って言って誤魔化すけど後にしわ寄せすぎた結果がこれだろ? 死すよ死す……はいはい墓入り墓入り……。からのピンチにお迎え抱っこは好きが更新されてなんかもうダメだったですね……ええ……お手上げ……しゅきの悪魔……キスとかダンスとか笑顔とかもうあ〜〜……軽率にメロる〜〜……」  そしてオタクがシナプスフル稼働でめいっぱいの好きを口から出すと、こうなる。  致し方のないことだ。  うん。仕方ない。  元々九蔵は、二人きりのクリスマス・イブを夢見ていた。  それをこうして二人きりにさせられて、手に手を取って宙を舞い、おとぎ話の一幕のようにクラシカルな音楽に乗せて、九蔵だけの王子様とダンスをしている。耐えられるわけがない。  しかしそれと同時に九蔵からスキンシップを取られてなにやら褒めちぎられているニューイとて、密かに無理の限界を迎えていた。 「く、九蔵? あの、九蔵っ」 「無理……好き……好きの向こう側……」 「九蔵その、す、スリスリはそろそろ許してほしいのだが……」  愛する人から胸にスリスリ、スリスリとされながら、全身真っ赤に染まっていながらも必死に紳士ぶるニューイ。  見るからに瀕死だが、イケメンにやられて爆発した九蔵はそれどころじゃない。  察しよくニューイの理性が引きちぎれそうだと気づいていても、だからなんだという気分だ。さっさと察してくれ。 「あま、あまり熱烈に抱きしめられると私も紳士ではいられなくなるというか……そもそも私がミレニアム超えの悪魔でなければ据え膳食わぬは男の恥が発動していたというか……」 「は……? いや抱けよ……思う様抱いてくれよ……つかなんでまだ抱いてないんだよ全俺さんがびっくりだわそこにベッドがあって俺を抱けると思ったならもう抱くのが正解だよ俺相手だぞ正気かお前……?」 「んんっ……!? い、いやしかし悪魔城の客室だろうがキミに手を出して途中でやめられるほど私は紳士でないわけで……」 「いやなんでもいいから抱いてくださいよ……今ならクリスマスキャンペーンでお好きなプレイに対応可能だし悪魔能力も使いたい放題でなんならサンタコスもありなのに何言ってるんですか……」 「ん゛〜〜……!」  九蔵がわかりやすくゴーサインを出してみると、タコよろしく茹で上がったニューイが笑顔を引き攣らせてガバッ! と真上を向き、奇声を上げて震えた。  我慢強い悪魔様め。  平気なフリは九蔵が一番上手いが、余裕なフリはニューイが一番上手いと言える。  しかし性欲なんてありませーんという顔をした無害な子犬ぶったニューイが実際はなかなかのケダモノだということは、とっくに承知済みだ。  だからさっさと察して欲しかった。  だが、こうなるのなら仕方がない。  つかの間の無敵モードにより、男を見せようじゃないか。  九蔵はモソ、と顔をあげ、理性の限界チャレンジをしている黒ウサギを見つめる。 「お前に惚れた時から俺はいつでも据え膳なんだよ。……責任取って、ちゃんと頂いてください」 「はい。頂きます」  ──勝者・個々残 九蔵。  余談だが、のちにニューイは悪魔王へ「九蔵は歴戦の乙女ゲーマーだからね……普段は羞恥心で乱れているから言えないだけで、本当は私にヒットする誘い方を知っているのだ……!」と語ったという。

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