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考えて握ったわけじゃない。
だが、謝るニューイを否定しなければと咄嗟に思ったのだ。
バレンタインを忘れニューイを愛する努力を怠りみすみす声と舌を奪われた挙句に慰めることもできなくても、ニューイの涙はすぐさま止めたかった。
なぜならニューイはこの期に及んで至らない九蔵を責めず、心底から〝守れなくてごめん〟と自分のせいにしているからだ。
そしてなぜその言葉が出てくるのかがわかっている九蔵は、筋肉と骨が剥き出しになったような大きく禍々しい悪魔の手をできるだけギュ、と強く握った。
『え、っ……ど、どうしたんだい? どこか痛いのかい?』
「っ……っ……」
『違うのかい? なら、擬態を安定もさせられないバカな悪魔の手なんて握って、慰めてくれなくてもいいのだよ……? だって、その……私と関わったせいで、キミを傷つける悪魔がやってきたのだから……』
「っ……っ……」
『く、九蔵?』
うろたえるニューイの声が聞こえる。
立ち止まり、プルプルと首を横に振る。
泣くな、泣くな、泣かないで。
(違う、違うだろ……っ! お前はなにも悪くない……お前は本当に俺の幸福を一番に優先していつも変わらず守ってくれてる……っ!)
愛する人を泣かせた上に謝らせておいてなにもわからないと立ち止まり震えていられるほど、九蔵は強くなかった。
脳を直接ハンマーで殴られた気分だ。
なにもわからなくてもわかることがある。脳をハンマーで潰されたおかげで、残った心で考えられる。
本能で、我欲で、恥も外聞も失って気づいた九蔵の優先順位のナンバーワンは、ニューイの笑顔、なのだ。
〝キミは生きているだけでいい〟
この言葉の尊さを。
過保護ながら束縛はしないニューイがいつも言うそれは、〝なにがあっても自分がどうにかするから、キミはありのままで自由に生きていておくれ〟という心が籠っている。
九蔵のために契約はしない。
悪魔の世界に連れ帰りもしない。
イチルの喪失がトラウマなニューイは九蔵を束縛すれば簡単に安心できるのに、それをしない。なのに結果、九蔵のトラブルは自分のせい、と。
一途で愛情深い悪魔のその選択がどれほど極大の|愛《まごころ》でできているのか、理解できないほど九蔵は愚かじゃなかった。
ニューイの全ては、九蔵のためだから。
『っ九、……っ』
「ふっ……」
『へ?』
九蔵は手を握ったまま戸惑うニューイの骸骨頭にもう片方の腕を伸ばし、パコッ、と首から外した。
そしてニューイがなにかを言う前に、唇のないニューイの歯列にチュ、キスをする。
『ぅひっ』
「…………」
ポカンと硬直するニューイの頭蓋骨。
唇を離すと、驚きで涙が止まったらしい。よかった。計画通りだ。
ニューイの涙を止められたのでそのまま頭蓋骨を抱きしめ、繋いだままの手にはギュッギュと力を込めた。声無しなりの精いっぱいである。
迷いだらけで焦り困惑していた自分と違い一心にこちらだけを見ていてくれたニューイのおかげで、少し頭が冴えた気がする。
バレンタインチョコを作るより、ドゥレドを追いかけるより、アルバイトに復帰することより、他人の迷惑より、自分の不甲斐なさより。
大切なことは、たった一人の悪魔の涙を止めること、だ。
九蔵はトトトとスマホを打つ。
早く、早く。文明の利器でも遅すぎる。一刻も早く伝えたい。
声のなんたる優秀さか。どれほど世界が進化してメールやマインと快速メッセージが可能になったところで、息遣い一つまでリアルに届ける声には敵わない。
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