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 射精によって九蔵の性気が部屋中に広がると、悪魔のニューイが九蔵の背筋を舌で舐め、逃すことなく全てを啜り食らう。 『九蔵の欲は抱いた時の味が一番美味しい』 「……ぁ…ん……」 「は……久しぶりだから、残せないよ……」  すると肉欲でバカになっていた九蔵の脳が、徐々に常識的な温度を取り戻し始めていった。  いつものことだが、不思議な感覚だ。下半身で物を考えているらしい男が、簡単に満足を得てスッキリしてしまうとは。  世界中の賢者タイムの半分くらいは、悪魔の仕業のような気がする九蔵である。  トク、トク、としばらく脈動したあと、ようやく九蔵の中から二本の雄がヌルリと引き抜かれた。 「っふ……ゲホッゴホッ」 「く、九蔵、あのいやうっかり、思わず……!」 『抜くのを忘れていた私を打ってほしいのである……!』 「はっ、ぁ……や、それは別に……まぁだいじょぶです……はい……」  口元に手を当てて咳き込む九蔵に、オロオロ焦りこぞって九蔵の顔色を伺うニューイたち。どうやら勢い余っただけで、本当は直前に外へ出す予定だったらしい。  苦しくて涙目になってしまったものの、問題はない。熱の残った頭を緩く横に振り、ニューイたちを許す。  今後もあまり気にしなくていい案件だ。  まあその、なんだ。  中に出されるのはそんなに嫌じゃない。……飲むのはたぶん、結構、好きだ。今知った。口にはすまい。  ペタンとシーツに座り込むと尻から出されたモノがあふれそうで、九蔵は括約筋に力を入れて絞る。 『だけど、受け身の九蔵にばかり無理を強いている気がするぞ』 「私もなにか、九蔵が悦ぶ行為をしたい」 「二倍の涙目はおやめなさい」  九蔵の肩を抱いて背後から覗き込む悪魔のニューイと、同じくペタンコ座りで縮こまり上目遣いにこちらを見つめる人間のニューイ。  意識は一つで体だけが二つなので、ただのニューイが二倍しょんぼりビームを放っている。  しかしなにも要らないと首を振る九蔵になにかしたい! と訴えるニューイたちへ、九蔵はしぶしぶと視線を預けた。 「そもそもこれは、特別じゃないバレンタインのハッピーな夜の過ごし方なんだぜ? 俺のあれは……普段お前になんにもしてやれなかったから、自主的にちょっとでもお返ししたかっただけというか……だから、その……お前もなにかしたいって言うなら……」  モゴモゴと手で隠した口元をもごつかせ、リンゴ色に色づいた頬を恥じる。  ダメだ。ダメだ。  やはり恥知らずにはなれない。ふんぞり返って言うことはできない。  なんせ九蔵は久しぶりの行為ですら、あれだけ自分の弱さを救ってくれたニューイへのお返しになっている気がしていないのだ。  というか、なんで自分はお返しとしてしゃぶったのやら。  それがお礼になると思っているのか若葉マークの童貞人間め。百戦錬磨の美女に生まれ変わってから言えアンポンタン。  なので、答えはこうなる。 「……今後、ルージュもネイルもない俺のお返し(・・・)が下手くそでも……笑わねーでいてくださいな」  嫌いにならないで、とも好きでいて、とも言えない九蔵は、口元を隠していた手の甲でゴシ、と唇を擦り、下手くそな笑顔をニヒヒと浮かべた。 「…………」 『…………』  ガチン、と硬直するニューイたち。  なぜだ。気持ち悪かったのか。それは失敬。自覚はある。  ノーリアクションの理由がわからない九蔵は羞恥心が爆発しそうになり、そそくさとティッシュボックスを手繰り寄せた。  ──人間らしい心の弱さをニコニコ笑顔でホイホイと救うミレニアム越えのポンコツイケメン悪魔様・ニューイ。  けれどいつも最後はこうだ。  一撃必殺、沈黙、愛情過多。  ニューイは九蔵に敗北しっぱなし。  ニューイはそれを懸命に伝えているのだが、自己肯定感皆無でニューイが世界一いい男に見えている九蔵がすぐにそれを忘れてしまう。  つまり、なにが言いたいかと言うと── 「どう考えても私は溺愛されているのだが……」 『どう考えても私にベタ惚れなのだが……』 「はい?」 「『はぁ……九蔵に愛され過ぎて夜も眠れないのである……』」 「はい……!?」  ──九蔵が踏み出す指先ぶんでいつもワンパンノックアウトの敗北を喫しているニューイは、二倍の体で静かに天を仰ぐのであった。

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